社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

御厨貴『オーラル・ヒストリー』(中公新書)

 

オーラル・ヒストリー―現代史のための口述記録 (中公新書)

オーラル・ヒストリー―現代史のための口述記録 (中公新書)

 

  「公人の、専門家による、万人のための口述記録」としてのオーラルヒストリーの理論と実践について書いた本。ちなみに著者はオーラルヒストリーの第一人者である。

 政治家や官僚は自分のなした仕事について沈黙を貫くことが多かった。だが、彼らに入念なインタビューを行うことで、通史とは違った独特の歴史資料が現れる。そこに生まれるものをオーラル・ヒストリーという。オーラル・ヒストリーによって、人の歴史だけでなく組織の歴史も明らかになってきた。また、インタヴューすることで初めて明らかになる歴史の事実もたくさんある。

 実践方法としては、同意を得、質問票を用意したり、書き起こしたりと様々な手間がかかる。実際のインタビューでは相手の話を引き出す工夫が必要だったり、様々な技術が用いられる。歴史資料として通用するオーラルヒストリーを作り出すためには様々な工夫が必要である。

 歴史資料の取材の重要な方法としてのオーラルヒストリー。本書はその道のプロがその実経験に基づき、その限界(嘘やつじつま合わせなど)を了解しながらもオーラルヒストリーの有用性について語っている。ところで最近質的社会学の方法としても同じようにインタヴューの方法が取られていて、岸政彦などが著作を出している。フィールドワークにおける聞き取りと本書で論じられているオーラルヒストリーを比べてみると面白いかもしれない。

内山節『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』(講談社現代新書)

 

日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか (講談社現代新書)

日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか (講談社現代新書)

 

  かつて日本の山村では人々は事実としてキツネに騙されていた。その現象がなくなったのは1965年ごろである。その理由を探る中で日本社会の変遷を追っている本。

 人々がキツネに騙されなくなった理由として、①高度経済成長期の経済発展により人々が経済的人間になったこと、②科学技術の普及により人々が物事を科学的に見るようになったこと、③情報技術の発展により人々とキツネとの伝統的なコミュニケーションが消えたこと、④進学率が高くなり村の伝統的な教育が崩れたこと、⑤死生観の変化により土地とともにあった信仰が消えたこと、⑥自然観の変化により人間と自然が切り離されたこと、が挙げられている。

 本書は実証的なデータに基づいて書かれた社会科学の本ではないが、日本の一つの時代の変遷を丁寧に追っていて、日本の歴史に対する興味深い考察となっている。現代、この変わりゆく世相において、同じように消えていく「事実」がいろいろあるのだろう。

吉見俊哉『大学とは何か』(岩波新書)

 

大学とは何か (岩波新書)

大学とは何か (岩波新書)

 

  大学とは何か、という問いに対して、大学の文化史でもって答えを与えようとする本。

 本書は、①キリスト教世界と中世都市のネットワーク、それにアリストテレス革命を基盤とした大学の中世的モデルの発展、②印刷革命と宗教改革領邦国家から国民国家への流れの中での中世的モデルの衰退と国民国家を基盤とした近代的モデルの登場、③近代日本における西洋的学知の移植とそれらを天皇のまなざしのもとに統合する帝国大学モデルの構築、④近代的モデルのヴァリエーションとして発達したアメリカの大学モデルが、敗戦後の日本の帝国大学を軸とした大学のありようを大きく変容させていく中でどのような矛盾が生じてきたか、について論じている。

 そのうえで、現代の国民国家の退潮と情報革命に際して、現代の大学の在り方として、国境を超えた都市間のネットワーク、共通言語や学位などの国際的標準化などを提言し、新しい自由の空間の創出に期待している。

 昨今の大学改革論議に際して、そもそも大学というものがどういう機能を担っていて、大学の在り方としてどういう選択肢があるか、そういう基本的な問題意識が必要になっている。本書は、大学がどうあるべきかを考えるにあたって必要な材料を、大学の文化史という視点から与えてくれる。刺激的で楽しい読書だった。

白石典之『モンゴル帝国誕生』(講談社選書メチエ)

 

モンゴル帝国誕生 チンギス・カンの都を掘る (講談社選書メチエ)

モンゴル帝国誕生 チンギス・カンの都を掘る (講談社選書メチエ)

 

  考古学などの知見をもとに、モンゴル帝国誕生の秘密に迫った本。

 大帝国を築いたチンギスの戦術には遊牧生活のノウハウが見え隠れする。彼には優れた「遊牧リテラシー」があった。草原力の変化に応じて的確な行動をし、遊牧民が歴史の中で培ってきた遊牧知を適切に運用することができた。

 具体的には、「馬・鉄・道」を確保するための遷地を適切に行う「シフト戦術」、鉄資源を獲得するためのロスやコストを減らす「コストダウン戦術」、臨機応変で機動的・可動的な鉄生産を行う「モバイル戦術」、一極集中による危険を回避する「リスク回避戦術」、モンゴル高原全体を覆う道路やネットワークを構築する「ネットワーク戦術」である。

 本書は、チンギス・カンがなぜ大帝国を築くことができたかという問いに答えることを主眼としており、チンギス・カンにまつわる細かい歴史的事実を祖述するものではない。その秘密は何も特別なところにあったわけではなく、遊牧民が普段用いている遊牧知を有効活用したというその点に尽きるとしている。なかなか楽しい読書だった。

長谷川三千子『からごころ』(中公文庫)

 

  長谷川三千子のデビュー評論集。

 日本人が中国語を仮名として日本語に取り込んだときの「無視」の構造について論じた「からごころ」、西欧的な「物」「主体」とは異なった物体観や心理を谷崎「細雪」に見出す「やまとごころと『細雪』」、敗戦後きれいに隠蔽された戦争時に日本人が抱いていた「敵」という機構について論じた「『黒い雨』」、「国際社会」という言葉の意味を遡ってその狭さを指摘した「「国際社会」の国際化のために」が収録されている。

 総じて、日本或いは日本人の問題について、隠されたり見落とされたりしている本質について論及している刺激的な論考である。著者は哲学の教授であるため、叙述が論理的で明晰であり、日本の文芸評論にありがちな意味不明がほぼ見られない。おすすめの評論家である。