社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

環境問題の本質

 

 環境問題の本質は、「失敗から学ぶことで対応できない」ところにあると思う。正確には、「失敗の際に起こる被害が甚大すぎて、そこから学んだのではとても利益と損失のバランスが取れない」ということだ。

 普段我々が事務処理などをしている場合、ミスをしても大した問題にはならない。我々は数人で仕事をしており、ミスはたいてい上司によって指摘される。ミスがミスのまま社会に出ていくことはまれなのだ。だから、ミスは内部的な問題にとどまり、外部的な害悪を引き起こさない。そのようなミスによって我々は仕事について学び、よりよい仕事をすることができるようになる。

 そして、例え我々のミスが外部にまで至ってしまった場合であっても、危機管理を適切に行えば社会的に非難されるところで終わる。間違っても我々の生存自体が脅かされるなどといった重篤な事態は生じない。例えばファックスの誤送信があっても、我々はその過ちから学ぶことができる。

 ところが環境問題は上述した事務ミスとはだいぶ異なった様相を呈する。例えば砂漠化の問題や化学物質汚染の問題、温暖化の問題などは、外部で害悪を生じさせた段階で甚大な被害を発生させる。日本の公害事件を見てみても、被害は人命にまで及ぶ深刻なものだ。もはやそれは「失敗」の域を超えている。もはや取り返しがつかないし、そこから学ぶなどといった悠長なことは言っていられない。とにかく危機への対処に延々と追われるだけになってしまう。我々が失敗から学ぶ材料とするにはあまりにも深刻過ぎるのである。

 環境問題のそういった取り返しのつかなさを我々はしっかり認識しておかなければならない。そして、環境問題はそれが外部化してから対応したのでは手遅れなのである。環境問題は失敗から学べない。予防的にしっかり吟味して先手を打つ必要があるのはそういう理由によるのである。

服部龍二『広田弘毅』(中公新書)

 

広田弘毅―「悲劇の宰相」の実像 (中公新書)

広田弘毅―「悲劇の宰相」の実像 (中公新書)

 

  東京裁判で唯一文官として処刑された広田弘毅の伝記。

 広田は外相や首相として、戦前から欧米との協調、中国との提携を目指していた。だが、二・二六事件以降圧力を強める軍部に対抗しきれず、ずるずると第二次世界大戦に追従してしまう。戦争に対して責任を感じていた広田は、戦後の東京裁判でも自らの責任を認めることが多く、僅差でA級戦犯となり処刑された。

 本書は広田弘毅を主人公とする一大歴史絵巻であり、中でも最後の方は広田の境遇に同情を禁じ得ない。広田の生き方の提示する問題とは、消極的であっても関与したものには責任を負わされるという不条理、自ら積極的に罪を認めたものの方が重く処罰されるという不条理、この二点に尽きると思う。広田の問題は我々自身の問題でもある。

八代尚宏『シルバー民主主義』(中公新書)

 

  本書は、現代日本が直面しているシルバー民主主義、つまり有権者に占める高齢者の割合が高いことから生じる種々の問題についての概説書である。

 シルバー民主主義は、社会保障制度や企業内慣行において若年者より高齢者を優遇することにより世代間格差を生む。また、借金に依存した日本の社会保障の現状を放置し、政府の借金の累積による将来世代の負担増をもたらしている。さらに、過去の日本の成功に縛られ、経済社会の変化に対応した新しい制度等を導入することに消極的になる。

 本書は、選挙における高齢者の投票率が高く若年層の投票率が低い「シルバー民主主義」に真っ向から警鐘を鳴らす警世の書である。このような本を出版することは、先見の明があると同時にとても勇気のあることである。高齢者の反発や反感を予想しながらもあえて出版に踏み切った勇気に拍手を送りたい。より良い日本のために、我々は考えていかなければならない。

今村仁司『ベンヤミンの<問い>』(講談社選書メチエ)

 

  ベンヤミンの思想に入門するに適した明快な解説書。

 ベンヤミンは引用や断片からなる「パサージュ論」を書いているが、ここにおいては個物や断片が重要な意味を有していて、それぞれが作品である。名前や言葉の重視はベンヤミンにとって重要なモチーフである。ベンヤミンは自分の全仕事を「パサージュ論」につぎ込んだ。

 ベンヤミンは歴史を自然として見、自然を歴史として見た。人間の歴史は廃墟であり、廃墟としての歴史はもっとも人間的で自然史的である。歴史とは敗者、つまり個物の歴史であり、個物の「このもの」性に凝縮した時間と歴史が宿っている。

 本書は難解さで知られるベンヤミン思想を明快に切り取ってきた好著であり、ベンヤミン入門にふさわしい。今村仁司の明晰な知性はさすがである。ベンヤミン歴史観はそれまでの歴史観に大きな一撃を与える重大なアイディアであり、そこから見えてくる人間史は通常の世界史とは全く異なる構造を持つ。とにかくベンヤミンについて知りたいなら初めの一冊にぜひ。

生松敬三『ハイデルベルク』(講談社学術文庫)

 

ハイデルベルク―ある大学都市の精神史 (講談社学術文庫)
 

  ドイツの古い大学都市であるハイデルベルクにまつわる人文学者たちの群像を紹介している本。

 ハイデルベルク大学には、古くからデカルトスピノザライプニッツなどがかかわりを持っており、その後にはゲーテヘルダーリン、ブレンターノなどがかかわった。20世紀初頭にはマックス・ウェーバーを中心としたウェーバー・クライスの本拠地となり、リッケルトヤスパースなどがかかわり、学問の中心的な位置を占めるようになった。

 本書は、ハイデルベルクという大学都市の精神史であり、ひとつの大学にこれだけ多彩で優秀な人材が歴史とともに去来したということが分かる貴重な本である。また、記述の切り口としては人々の交遊録のようになっており、学者たちの思想の内容には深入りしていない。大学都市という場を切り口にしたドイツ学問史の一断面であり、このような切り口は大変興味深い。