社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

藤谷俊雄『「おかげまいり」と「ええじゃないか」』(岩波新書)

 

「おかげまいり」と「ええじゃないか」 (岩波新書 青版 680)
 

  近世日本の民衆解放運動としての「おかげまいり」と「ええじゃないか」について詳説した本。

 日本には伊勢神宮へ遠路はるばるお参りする風習があり、それが近世においては何度か大規模に行われ、それをおかげまいりという。おかげまいりの際には、富豪が参拝者に施しを行ったり、また交通や商業が発達したりなど様々な効果を及ぼした。

 おかげまいりは封建的支配関係に身分的に束縛されている民衆が宗教的な形態で自己を解放するものであった。また、おかげまいりにおける様々な階層の民衆の人的ふれあいは、経済的物質的交流や農業技術の交流などを通して民族形成を推進した。

 日本史の中であまり多くの議論を呼ばないマイナーな論点であるおかげまいりとええじゃないかであるが、そこには近世日本の社会構造や近世日本の発展構造が反映されていた。近世において民衆はただ抑圧されるだけでなく、様々な仕方でそのエネルギーを解放していたのだということがわかる。

沖大幹『水の未来』(岩波新書)

 

水の未来――グローバルリスクと日本 (岩波新書)

水の未来――グローバルリスクと日本 (岩波新書)

 

  環境問題としての水問題についての入門書。

 グローバルリスクとしての水危機は以下のようなものである。

(1)人口増加の二倍の速度で水利用が増大し、世界の多くの人々が水ストレスにさらされる

(2)世界人口の9人に1人が改善された水源に飲み水を求められず、3人に1人が改善されたトイレを使えず、衛生面から毎年350万人が命を落としている

(3)2000~2006年の間の干ばつ、洪水、高潮によって、30万人の命が奪われ、50兆円の損害が生じている。

 このような水危機を防ぐため、水にかかわる企業活動のリスクを、その生産物当たりの水使用量としてのウォーターフットプリントとして量化することが提唱されている。また、世界では水危機が深刻な国とそうでない国があるが、そこで紛争が起きない工夫として仮想水の貿易が挙げられている。これは、食料の貿易を、その食料の生産に必要な水の貿易ととらえなおす見方であり、仮想水の貿易が水の世界的な分配を担っている。そして、気候変動については気候変動を緩和するだけでなく、気候変動が起こっても被害を低減する適応策が盛んに現実化している。

 環境問題というと温室効果ガスばかりが注目されがちだが、実際は水についても大きな危機が迫っており、本書は水危機の観点から我々に環境への意識を喚起しようとしている。とにかく水危機という切り込み口が新鮮であり、しかも切迫した危険性を持っているとのこと、我々はこの点についても議論を尽くしていかなければならない。

玄田有史『雇用は契約』(筑摩選書)

 

雇用は契約 (筑摩選書)

雇用は契約 (筑摩選書)

 

  雇用期間に注目して労働状況を分析し、現在の多様な雇用形態に着目し、雇用契約の重要性を説いた本。

 雇用契約には4つのパターンがある。①無期契約・一般時間の組織型業務遂行、②無期契約・短時間のWLB対応型業務、③有期契約・一般時間のプロジェクト型業務、④有期契約・短時間の臨時・補助型業務、である。従来のメンバーシップ型、ジョブ型に限らず、近年ではプロジェクト遂行のためのキャリア志向有期契約が注目される。そして臨時・補助型業務は労働条件や仕事の満足度などにおいて問題がある。WLB対応型はこれから活用が期待される。

 このように雇用形態によって労働者の処遇は違うのであるから、自らの労働契約を把握しておくことは肝要である。雰囲気に流されず、労働契約の通知を求めるべきである。契約が尊重されながら職場の仲間同士で協力し合い相互に高め合う雇用契約社会を実現することが重要である。

 本書は契約の観点から雇用を捉えなおし、雇用形態について的確な分析を加えたうえ、雇用期間が不明である労働者たちが不利な条件に置かれていることを指摘、だから雇用契約はしっかり把握しようと主張している。確かに日本企業はいまだに契約の観点が弱いと感じざるを得ない。雇用というのは雇い主と労働者との間の契約に過ぎず、それ以上でもそれ以下でもないということを冷厳に見つめる必要がある。そしてその観点からポジティブに未来を切り開いていく必要がある。 

熊谷晋一郎『痛みの哲学』(青土社)

 

ひとりで苦しまないための「痛みの哲学」

ひとりで苦しまないための「痛みの哲学」

 

  痛みについて脳性麻痺を持つ著者が4人と対談した記録。

 痛みはフロイト的な精神分析によっては物語化することによって消えるものだった。ところが痛みによっては物語化できないものもあり、「新しい傷」と呼ばれる。新しい傷を癒すには、痛みはそもそも他人には分かり合えないものだという共感、つまりコミュニケーションにならないコミュニケーションが重要である。また、新しい傷の治療には、医師への信頼が重要で、たとえ病名を知っていても、それを信頼することなくしては治療に向かわない。また、痛みの当事者が自助グループなどを形成して知の生産者になっていくことも重要である。

 本書は痛みを主題として哲学的に論じた数少ない著作の一つである。大澤真幸との対談が最も示唆的であり、痛みの本質に迫るものであった。痛みというものは、時代によっても変わるものだし、現代は痛みに敏感な時代だと思う。このような時代に痛みについて考えるということは大事だと思う。そして私も考え続けたい。

石田光規『孤立の社会学』(勁草書房)

 

孤立の社会学: 無縁社会の処方箋

孤立の社会学: 無縁社会の処方箋

 

  無縁社会の実態をデータベースで分析し、それに対する処方箋を示したもの。

 無縁社会孤独死が問題となっているが、これは労働市場からの排除、地域からの排除、家族からの排除、医療からの排除などから成る社会的排除の一例であり、また親密圏の変化にも依存している。

 人々は、血縁・地縁・会社縁から解放されて息苦しさから脱したいと思う一方、その開放によって生じる新たな連帯はそれほど確保されず、そこから生ずる不安は従来のシステムによって回避したいという都合のいい考えを持つようになっている。

 情緒的サポートの供給源として家族は重要な機能を果たしており、中でも婚姻関係の役割は重要である。だが、男性は人間関係の構築に不得手であり、配偶者への依存度が強いのに対し、女性は配偶者以外の人間関係の構築により幅広い情緒的サポートを得ている。

 今後の連帯の方向性としては、行政サービスによって家族関係のほころびを補うセーフティネットの役割が期待される。

 本書は、現代社会が直面している人々の孤立についての社会学的分析である。孤立は社会的排除の複合して出来上がるものであるが、一度排除された人間を人間関係のネットワークに取り戻すことも大事だが、そもそも排除が起きないように予防することも大事だと思われる。その点で、私としてはやはり自立した個人による創発的ネットワークの構築に期待したい。