社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

岸政彦『マンゴーと手榴弾』(勁草書房)

 

マンゴーと手榴弾: 生活史の理論 (けいそうブックス)

マンゴーと手榴弾: 生活史の理論 (けいそうブックス)

 

  社会学の質的調査としての生活史の理論を書いた本。

 聞き取りとは語り手との会話であり、それは会話それ自体だけでなく、アポ取りなどの会話以前、手紙のやり取りなど会話以後まで続く。聞き取りにおいて、私たちは語りの「内容」にコミットする。それは単なる話法・ストーリー・ナラティブではなく事実であると信じるという責任が私たちには生じる。語られる内容は互いに整合しないかもしれないが、事実というものは本来間違いを含んでいる。私たちは世界が実在するという日常的な信念のもとで、その世界に関する様々な事柄を語っていく。そして、質的調査は人々とともにあり、人々から介入され、調整されることもある。また、質的調査についてよく言われるあいまいさだが、量的調査についてもその手法上のあいまいさがあるため両者にそれほど違いはない。

 沖縄等において生活史を収集している社会学者の岸政彦による理論編の書物。生活史にこのような理論があるとは知らなかったので、目からうろこであった。生活史の理論はナラトロジー実在論などと関わるものであり、またそれらの理論に単純に当てはまらない複雑さがある。大変興味深かった。

吉見俊哉『トランプのアメリカに住む』(岩波新書)

 

トランプのアメリカに住む (岩波新書)
 

  2017年から1年間著者がハーバード大学で教鞭をとった際にアメリカの現状を眺めてしたためた随想。

 トランプの大統領当選にはロシアなどによるフェイクニュースが大きな影響力を持った。SNSなどのメディアはフィルターバブルを起こし、ユーザーの好む情報ばかりにユーザーを閉じ込めてしまい、真実を覆い隠してしまう。

 アメリカでは至る所に星条旗が飾られている。それは9.11以降顕著である。国歌である「星条旗」は好戦的ナショナリズムを体現しており、国歌に準ずる「アメリカ」は自由・平等のアメリカ的理念を体現している。

 ハーバード大学と東大の違いは、ハーバードでは一つ一つの講義に多くの時間をかけ、単位数を少なくし、TA制度を充実させ、シラバスを詳細に書く、という点であり、高等教育の在り方として見習うべきものがある。

 ハリウッドの大物プロデューサー、ワインスタインのセクハラが公にされると、性的な振る舞いに問題がある有名な男性を多数の者が糾弾するという「ワインスタイン効果」が広まった。また、銃乱射もアメリカでは大きな問題となっている。性と銃は他者との関係の取り結び方の問題であり、アメリカの根本問題である。

 アメリカの白人の中産階級は没落している。その層が生活と誇りを取り戻すためトランプを支持した。また、米朝首脳会談はショーみたいなもので、トランプの自画自賛にかかわらずアメリカにとっては不利益なものだった。

 本書は、現代アメリカ入門としてもよいくらいの本だと思う。それぞれの論点についてコンパクトにまとめられていて、非常に読みやすい文体で書かれているので、現代アメリカがどのように成り立っていてどんな問題を抱えているかがサクッとわかる。しかも、このアメリカ論は著者が実際にアメリカに住んで肌で感じた議論なのである。現代アメリカを知るうえでちょうどいいのではないか。

 

齋藤直子『結婚差別の社会学』(勁草書房)

 

結婚差別の社会学

結婚差別の社会学

 

  同和問題に基づく結婚に関する差別的取り扱い(破談など)についての質的調査。

 齋藤は、多くの人たちにインタビューしながら、結婚差別がどのような構造をなしているか分析している。結婚差別は典型的に、うちあけ→親の反対→カップルによる親の説得→親による条件付与、という構造を取る。もちろん、事例によってそのバリエーションは様々である。それぞれの段階について、齋藤は詳細な事例を引用して説得的な論の展開を進めていく。

 本書は現代社会に対する問題提起の書である。もちろん、結婚差別なんて全く考えていない人たちも多いが、依然部落出身であることによって差別する人はいる。この現代社会に紛れ込む前近代性という問題は興味深い。さらに、部落差別に直面したときのカップルのとる対応というのも面白い。ここにはコミュニケーションのドラマがある。大変楽しめる本であった。

牧野智和『自己啓発の時代』(勁草書房)

 

自己啓発の時代: 「自己」の文化社会学的探究

自己啓発の時代: 「自己」の文化社会学的探究

 

 現代においてブームになっている自己啓発についての社会学的研究。

 人々の自己へのまなざしは、社会に流通する自己をめぐる知識・技法によって構築され、その「自己と自己との関係」を操作する技術を「自己のテクノロジー」と呼ぶ。

 自己啓発メディアは、「自己と自己との関係」の調整自体を積極的な価値があり目指すべき対象として自己目的化するという形で自己をめぐる意味の網の目=文化を活性化・再生産し続けてきた。

 本書は、就活本や女性誌男性誌自己啓発書の具体例として挙げながら、そこにおける自己のテクノロジーの態様を丹念に追い、結論を出している。データに基づいた正統な社会学的方法であり、結論にも納得できる。自己啓発は、決して個人の領域に閉ざされたものではなく、社会的に規定され、社会を再生産していくものであるということ。興味深かった。 

J.B.ビュアリ『思想の自由の歴史』(岩波新書)

 

思想の自由の歴史 (岩波新書)

思想の自由の歴史 (岩波新書)

 

  主に宗教的思想の自由についての歴史について詳説した本。

 古代ギリシア・ローマの時代には、自由な理性による活発な議論がなされ学問が進歩し、思想の自由が抑圧されることはまれであった。だがキリスト教が覇権を握るようになると、キリスト教一神教としての原理主義が異端や異教を排斥するようになった。中世時代には思想の自由は強度に抑圧され、人々は自由な思想活動を行えなかった。

 ルネサンスヒューマニズム宗教改革による権威の動揺は、中世的幽閉からの解放へと向かう準備となった。ロックやヴォルテールらによる寛容論が著され、理論的に宗教的寛容が論じられるようになった。17世紀以降になると、地動説などの自然科学の発展や聖書の合理的解釈などによって、合理論によるキリスト教批判が活発になる。また、ヘーゲルの世界精神論やコントの実証主義など体系立った合理的世界観がキリスト教への強力な批判となった。

 思想の自由は、ミルが論じたように、議論を活発化させ諸学の発展を生むという功利的効果を持つ。その観点からも、キリスト教による思想への抑圧は社会的な利益を害するものであった。

 本書は、初めは迫害される側にあったキリスト教が逆に迫害する側に回ってからの思想の暗黒の歴史を書き綴っている。キリスト教はおおむね異端や異教に厳しく、原理主義的な立場を取り続けてきた。それが社会的な不利益を生んでいたことを糾弾する書物である。現代の思想・良心の自由がいかに過酷な戦いを経て獲得されたものかが良くわかる。