社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

畑仲哲雄『地域ジャーナリズム』(勁草書房)

 

地域ジャーナリズム: コミュニティとメディアを結びなおす

地域ジャーナリズム: コミュニティとメディアを結びなおす

 

  地域紙がNPOとコラボすることにより新聞の新たな可能性を開いた事例を検証する本。

 上越地方で、地域に根差した新聞がその紙面の一部をNPOに開放したところ、新聞の売り上げも上がり、NPOも情報発信できるというウィンウィンの関係が築けた。新聞としては客観中立なジャーナリズムからより地域に寄り添う形になり、また自らの編集権の一部をNPOに譲渡するという厳しい決断だった。

 このような協働が成立した理由としては、新聞社が経営危機に陥り経営改善策を模索していて、NPOも設立間もなくコミュニケーション手段を必要とし、新聞社の経営者とNPOの理事長が同一人物で両組織を架橋した、というものが挙げられる。

 本書は博士論文を出版したものだと思われる。それゆえ、構成が丁寧で情報量も多く、いかにも論文然としたものだ。だがそれだけに地域紙とNPOのコラボというものを様々な角度から照射していて、そこから立ち上がってくるジャーナリズムの新たな可能性は面白い。読みごたえがあった。

佐藤卓己『流言のメディア史』(岩波新書)

 

流言のメディア史 (岩波新書)

流言のメディア史 (岩波新書)

 

  デマについてメディア史の観点から概観し、デマへ向き合う態度を提言する本。

 火星人来襲のデマ、関東大震災後の朝鮮人に関するデマ、二・二六事件に関するデマ、戦時中・戦後期の流言、ビキニ水爆実験後の風評被害など、これまでの歴史の中で多数の流言が流されてきた。

 だが、メディア流言はなくなることがない。なぜなら、それは社会変動に伴い人々が不安の解消を求めて行うコミュニケーションの所産だからだ。そして、正しさや真実をことさらに追及することにはそれほど重要性がなく、正しさよりも効果的であるかどうかがコミュニケーションにとっては重要だったりする。

 流言はあいまいな状況に共に巻き込まれた人々が自分たちの知識を寄せ集めてその状況を有意に解釈するコミュニケーションであり、情報構築なのである。だから、現代のメディア・リテラシーとはあいまい情報に耐える力である。

 本書は新書ではあるがかなり重厚に構築されたメディア史であり、流言という観点から見た20世紀日本、という感じである。流言の事例が一つ一つ丁寧に説明されていく中で、いかにそれらが人々の不安やストレスによって生み出されたか描かれていく。確かに唯一の真実や絶対的な正しさなどこれからの情報社会では望むべくもなく、あいまいな情報をいかに活用するかに重点が置かれていくであろう。

中原・溝上『活躍する組織人の探求』(東京大学出版会)

 

  どのような大学生活を送った人が就職後成功するかについて実証的に検証した本。

 大学生活や就職活動、最初の配属先で成功を収めている人は、大学生活を「豊かな人間関係」重視で過ごしていることが多い。課外活動・対人関係を重視しつつ、大学の授業や勉強も怠らず、正課内・正課外活動のバランスが取れている人である。そして、単に人間関係を重視するだけでなく、異質な他者との接点を多く持っていることが重要である。

 また、キャリア意識を早い時期から持ち、主体的な学習態度を持つことが、組織社会化を促進し、熱意のある革新的な社員へと成長していくことにつながることも分かった。

 本書は、大学時代の意識や行動が就職後のその人の成長に寄与していることを実証している本であり、大変面白い。結局は、主体的に学び他者と触れ合っている人が仕事でも活躍するわけであり、これは人材の採用に当たっても参考となるべきものである。ただ、近年は豊かな人間関係を築く大学生が減っているとのこと、危惧される。

私の教養主義

 私にとっての教養主義とは、基本的には読書や学問を通じて人格形成を行うことである。だが、もちろん人格形成のためには人間関係や就業も重要である。だから広い意味で教養主義を捉えると、読書や学問のみならず広く社会的関係において自らの人格形成を行うことである。
 もちろん、この教養主義エートスは資本主義の影響を強く受けており、成長主義や生産主義が至上のものとなっている。たえざる学びによって自らを高めていくという成長主義、学んだことを生かして自ら創造していくという生産主義は、まさしく資本主義のエートスであろう。
 それだけではない。教養によって人格形成するといった場合、そこでは批判能力を持つ創造的な自立した主体が想定されており、それはまさに近代人としての自我を形成するということに他ならない。教養によって近代人としての自我を形成することが、私が様々な学びを通して実現したいことである。
 そして、この教養主義は絶えずアップデートされていく。新しく学んだ知識や経験により、この資本主義的で近代的な教養主義自身もまた批判の対象となり、日々更新されていく。この日々新しく自らを創造するということも教養主義の要諦である。
 人が学ぶために必要なのは読書だけではない。労働において学ぶことも多いだろうし、人付き合いで学ぶことも多いだろう。その多様な学びによって自らを成長させていき、幅広い見地からの批判能力・想像力を備え、絶えず生産・更新していく。それが私の教養主義である。

大澤真幸『憲法9条とわれらが日本』(筑摩選書)

 

  大澤真幸中島岳志加藤典洋井上達夫憲法9条について対談している。

 中島は保守主義の立場から9条に自衛隊のことを明記し、自衛隊にできることとできないことを規定すべきと唱える。

 加藤は自衛隊を改組し、国連の下で作戦活動を行う国連待機軍と国の防衛を行う国土防衛軍を作るべきだと唱える。また、非核三原則の9条への明記、また核の傘輻輳化による安全保障を唱える。

 井上は9条削除論者であり、そのうえで軍隊を持ち徴兵制を採用すべきとする。

 それらを受けて、大澤は絶対平和主義、つまり徹底した非暴力抵抗を唱える。

 本書は憲法9条をめぐる議論について、様々な立場の論者の理論を深く追究していくものであり、非常に読みごたえがあった。それぞれの論者の理論の深みもちろんのこと、そこへ切り込んでいく大澤の論理もまた素晴らしかった。巷であいまいに交わされている9条論議に飽き足りない人は、ぜひとも本書を読んでほしい。