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広河隆一『チェルノブイリ報告』(岩波新書)

チェルノブイリ報告 (岩波新書)

チェルノブイリ報告 (岩波新書)

 本書は、チェルノブイリ原発事故によって引き起こされた、汚染地域の住民たちの健康被害を主に取り扱っている。事故による被害はソ連の隠ぺい体質や不徹底な対策によって重篤化したことを、個別の具体的な事例、人々ひとりひとりに焦点を合わせて書き起こしている。

 本書が投げかけている問題は、組織など人の大きな集まりにおいて、個人がその具体性を失い抽象化されることで、個人のナマの生き様、その喜びや悲しみや苦痛が見えなくなってしまうという普遍的な問題だと思う。そして、広河は、そのような組織の性質に抗うように、個人の具体的な生を個別に取り上げていき、その悲惨さやその叫びを記し続けていくのである。

 ここには管理や支配や行政の限界が端的に示されている。具体的な個人が書類上の文字や数字として抽象化され、そのような抽象化された人間を扱うことしかできない組織のトップ層の引き起こす、人間の具体的な取り扱いの失敗。解決するのが困難な課題だ。