本書は哲学の起源を、古代イオニアの「イソノミア」という政治状態に求める。イソノミアとは「無支配」の意味であり、そこで個人は自由平等、共同体からある程度解放されることで「自己」や「倫理」が問われるようになった。イオニアにおける自然哲学者たちは、同時にポリスの思想家でもあり、普遍性を志向し、倫理や政治についても考えていたのである。そして、イオニアにおいては呪術的な宗教が否定され(哲学の発生)、その態度はヒポクラテス、ヘロドトス、ホメロス、ヘシオドスに継承されている。
ギリシアの都市国家は多氏族の連合体として成立していたので、そこには氏族に従属しない個人、自由に移動できる個人、というイソノミアが可能にするような個人は成立しなかった。ポリスにおいて富の格差や支配関係が成立していく中で、フロンティアにおける平等というイソノミア的状態はなくなっていった。そのような状況でもイソノミアを要求したのが例えばピタゴラスでありヘラクレイトスである。
帝国となったアテネにおいて、ソクラテスは公的・ポリス的であることではなく、私人としてあることを重視した。私人でありながらも政治的であるという矛盾をソクラテスは生きたのである。そして、公人・私人の区別がない状態というのはほかならぬイオニアのイソノミアであった。
本書は、哲学を呪術的宗教からの脱出ととらえ、それを可能にしたのがイオニアのイソノミアという無支配状態だったとしている。そして、そのような無支配状態は単純に自然哲学を生み出したのみならず、倫理学や政治哲学もまた生み出した。人間の知の営みの発生を社会的・歴史的アプローチによって説明しようとすると同時に、その起源におけるモチーフは脈々と受け継がれていったとする野心的な試みである。