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藤沢令夫『プラトンの哲学』(岩波新書)

 

プラトンの哲学 (岩波新書)

プラトンの哲学 (岩波新書)

 

  プラトンは長く影響力を持っていて、20世紀に入っても主に2点について批判の対象とされた。まず、その政治思想が全体主義的であることへの批判。もう一点は、彼の思想が非科学的で、検証できない形而上学的体系を持ち、事実と倫理を混同している点への批判。

 そもそもプラトンソクラテスの影響下で、「無知の知」の重要性を唱え、「知識」「行為知」「技術知」を包括した「知」を構想していた。何かを知るということは、その在り方を知るだけでなく、それへの対処法、利用法を知るという総合的な営みなのだ。また、当時のアテネの風潮に反し、金や評判・名誉ではなく「魂を優れたものにすること」に徳を見出し、この徳がなければどんなに持てる人であっても幸福になれないとした。

 だが、プラトンは徐々にソクラテスの思想の再現にとどまらずそれをより発展させていこうとする。それが中期以降の作品の傾向である。彼は通俗道徳を批判し、イデアに基づく価値体系を築いた。それは美だけでなく、さらに倫理規範だけでもなく、およそ「それであるもの」について語られる範型である。イデアは感覚されるのではなく思惟される。人間は哲学をやることにより、肉体の制限からなるべく解放され魂そのものに近づいていく。

 イデアの中でも「善」は全ての魂が追い求めあらゆる行為の目的となるものである。それは太陽のように、対象に真理性を与え、主体に認識力を与え、「知ること」「知られること」を可能にする。だから、事実にはつねに価値が浸透し、物事がどうであるかとそれについてどう対処すべきかは不可分である。そして、「善」には、悪と対立し他のイデアと同等の「善」もあれば、善悪、価値反価値全てを超越する根源的な「善」もある。

 すると、教育とは何もない所に何かを書きこむことではなく、生成界から実在界へと相手の目を向けかえることである。人はみな魂においてすべてを知っているのである。そして政治とは、洞窟から抜け出し善を見た人間が再び洞窟に戻ってやむをえず国家を統治し混乱を抑えることである。

 彼の宇宙論は、現実の世界をイデア界の似像とみなすところにある。だから、現実界についての知識は全て真実「らしい」としか言えない。そして万有の最初の動きは物に基づくのではなくプシューケーに基づく。彼の世界像は、イデア論とプシューケー論によって、生命と意味と価値を基本に据え、物に第二次的ながら明確な役割を与えて科学的記述をも包含するものであった。

 デカルトからガリレイ系譜に連なる現代自然科学が危機に瀕している今、プラトンのような世界像は魅力的である。事実と価値とを峻別せず、形而下のものだけに拘らず、有機的な体系でもって理想的な世界のビジョンを提示する彼の思想は、いまだにあせぬ魅力を放っている。自然科学が価値の問題や倫理の問題をひとまず留保することによって様々な惨事を招いたことを考えると、自然や事実について考える際も常に価値や倫理のことを忘れなかったプラトンの偉大さに気づかされる。