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金谷治『孟子』(岩波新書)

 

孟子 (岩波新書)

孟子 (岩波新書)

 

  孟子孔子の教えを引き継いだ亜聖である。彼はまじめな人道主義者で、民衆の不幸を見過ごさず同情することを為政者たちに求めた。彼にとって民衆こそが尊いのであって、民衆を尊重することが国の繁栄につながるのである。だが、彼の人道主義は当時の血で血を争う実力主義の時代には受け入れられ難かった。それゆえ、孟子の人生は挫折の連続でもある。孟子の思想は、(1)孔子の仁をうけた仁義説、(2)それにもとづく王道論、(3)その基礎付けとしての性善説、(4)精神主義の強まりと天命の自覚、という風に発展していった。

 孟子にとって現実の社会秩序を維持し発展させていく基礎には家族の結びつきがあった。彼は利己主義と博愛主義の中間に位置していたのである。親孝行したり目上の人を尊重したり、伝統的に育まれてきた温かい心情を大事にした。

 国の統治においてもそれは同じである。王道とは、仁愛の政治であり、人格者による統治である。そして、農民の生活を安定させ、老人を中心とする家族内での教育を充実させることが国全体の発展につながると考えた。仁義を備えていない為政者に対し、孟子は民衆の抵抗権を是認する。

 しかしそんな王道は果たして実行可能だろうか。そんな為政者たちの疑問に答えるために孟子性善説を唱える。だれでも本性上善であるのだから、修練を積めば聖人になれる。だが、彼の性善説は現実に蔓延る悪を前にして証明困難であり、いわば理想論を強弁しているに等しいが、向かうべき目標を設定したものと考えればよい。

 孟子は諸侯に次々と遊説しながら、遂にどこにも受け入れられなかった。そこから彼は人力を超えた運命的なものの存在を痛感し、あとは後進の教育に心を注いでいった。外面を大事にするのではなく、内面的な尊いもの、世俗を超えたものを重視する精神主義が生まれる。

 孟子の思想は、人間の善性を信じて、それにもとづく共同体のつながり、支配の在り方について理想を追い求めていったものとみることができる。人々が苦しまないで暮らすには世の中がどうなっていたらよいか、それは個人の内面での道徳的修練によるし、何よりも為政者個人が人格者であるかどうかによる。政治の問題を力関係でとらえずに、あくまで内発的な道徳に基づかせる彼の思想は一貫している。現実は力が支配していた時勢だったが、だからこそ彼は理想を唱えて人々・特に為政者をそこに向かわせる必要があった。それは、内面的な徳という必ずしも功利的でないものが、帰結としては却って国の安定・発展という功利的なものを導くのだ、という優れた洞察があったのだ。