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野田又夫『パスカル』(岩波新書)

 

パスカル (岩波新書 青版 145)

パスカル (岩波新書 青版 145)

 

  パスカルの人生と思想をコンパクトにまとめた本。一般向けの入門書。パスカルは科学者でありながら宗教に関しても大事な仕事をした。

 『パンセ』は、キリスト教の真理を明らかにして無信仰の者を信仰に導こうとする弁証論の本である。それは「心情の秩序」に従い、脇道にそれたり矛盾に入り込んだりしながらも、一なる目的のため多なるものの中に入り、統一を目指している。これは、人間性の理論的実践的究明から理性の限界の自覚に至り、さらにはキリスト教の証明に至る。そこでは「人間の偉大と悲惨」が説かれる。

 人間の真実な認識について、彼は独断論でも懐疑論でもなく、つまり人間が自然と真実に至れると考えるのでも、全ては疑わしいので人間は真実に至れないと考えるのでもなく、この矛盾は信仰によって解決できると考える。デカルト形而上学に真理の根拠を置いたのに対し、彼は聖書の教える人間のドラマに真理のありかを求めたのである。

 あらゆる人間の営みは気晴らしであるが、エピクロス派は外に出て気晴らしによって快楽を得ることを善とし、ストア派は人間自身の内に立ち返ることで平安を得ることを善とする。パスカルは、最高の善は内にも外にもなく、神においてあるとする。そしてそれ故それは内にも外にもあるのである。

 神は無限の存在であるため、神ありとすることも神なしとすることも不可解である。無限の幸福を得るためにも神ありと賭ける必要がある。賭けによって理性から信仰へ飛躍がなされ、パスカルイエス・キリストの存在を通して神の存在を証明する。人間は有限の存在であり、原理(無限小)の方向にも帰結(無限大)の方向にも行き尽くせない。この宇宙は、空間的に無限でありながら、キリストにおける神の愛の啓示を中心に、創造に始まり審判に終わる有限な歴史的時間の軸を持つ。

 本書では、パスカルの科学者としての業績についても触れられていて面白いし、妹を介した宗教とのかかわりの問題、宗教論争についても触れられている。パスカルという一人の偉大な精神が、単に理性の問題にとどまらず、信仰の問題を自己の哲学の中に取り込んでいく様は、特にデカルトと比較すると面白い。パスカルデカルトのような科学精神を持ちつつも、神により多くを依存した思想家である。『パンセ』は必読であろう。