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田口卓臣『怪物的思考』(講談社選書メチエ)

 

怪物的思考 近代思想の転覆者ディドロ (講談社選書メチエ)

怪物的思考 近代思想の転覆者ディドロ (講談社選書メチエ)

 

  本書は、百科全書派で有名なドニ・ディドロのテキストを精読することにより、彼に対して貼られているレッテルについて再検討をしたものである。

 ディドロは同時代の啓蒙主義の風潮のもと(1)理性信仰を持っていたと思われている。また、合理主義哲学に反して(2)実験主義に依拠し、百科全書的な、言葉によって事物を表現できるという(3)言葉と物の一致の立場に立っていたと思われている。

 だが実際は、ディドロは人間は自然を支配できないと思っていて、理性信仰に反する見解を持っていた。自然は無限に多様であるがゆえに人間によっては支配できないのだった。また、形而上学や目的論的思考に対してディドロは批判的であり、法則からの逸脱や反復性に逸脱をもたらす極小の偏差を強調した。

 さらに、実験主義と合理主義については、ディドロは一方的に実験主義に軍配を上げるのではなく、どちらにも収まりがつかない過剰さについて考えを深めていた。実験主義も合理主義も、どちらも原理的・社会的に限界があるのだった。

 ディドロは、言葉と世界との乖離を認識していた。ディドロの美術批評は、批評は絵を写し得るのかという問いであった。ディドロの批評は言表行為の過程を通じて「継起的なもの」と「同時的なもの」の不一致に直面すること、言葉の不透明さに直面することであった。

 近代の思想家はなかなか面白い。本書ではディドロが取り上げられていたが、いまだ学問が厳密に分化していなかったこの時期には、思想家たちはきわめて総合的な思考を繰り広げていた。それはステレオタイプな「モダン」の型には決して収まらないものばかりだった。本書はその辺りの事情を如実に示している。