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池内恵『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』(新潮選書)

 

【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛 (新潮選書)

【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛 (新潮選書)

 

  混乱する中東情勢に歴史的な筋道を与える本。

 オスマン帝国崩壊時に、イギリスとフランスが帝国の領土を分割するために結んだサイクス=ピコ協定、これが現代の中東の混乱を生み出していると短絡的に理解されている。

 だが現実はもっと複雑である。サイクス=ピコ協定ののち、それを修正する形でセーヴル条約、ローザンヌ条約という、より地元の事情に即した帝国分割の条約が結ばれている。いずれにせよ、帝国は何らかの形で分割されねばならなかったのであり、サイクス=ピコ協定がすべての元凶というわけではない。

 むしろ、現在の中東の混乱は、オスマン帝国崩壊後各地で成立した独裁政権アラブの春によって地盤を揺らがせ、領域の管理が弛緩することで生じている。それによって内戦や難民が生じているのである。

 本書は中東の歴史をサイクス=ピコ協定を起点に丁寧かつ簡潔にまとめている良書であり、主張も明確であれば問題意識も明確である。学術的な本でありながらその面白さのためスラスラ読めてしまい、著者の文章力と頭脳の明晰さにはひたすら感銘する。世界にはまだまだ難しい課題を抱えた地域が多数存在する。それを歴史的に丁寧に理解する努力を怠ってはいけない。