社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

菅香子『共同体のかたち』(講談社選書メチエ)

 

共同体のかたち イメージと人々の存在をめぐって (講談社選書メチエ)

共同体のかたち イメージと人々の存在をめぐって (講談社選書メチエ)

 

  芸術作品のイメージは従来政治的なものとして機能してきた。皇帝の肖像やキリスト教の聖人像は、それを共有する人たちの政治的共同体を形成してきた。イメージは人々が経験を共有する軸として権力を帯びていたのである。

 だが、近代の政治権力が生を管理する「生政治」となったとき、人間の主体は崩壊し、主体を前提とした共同体が破壊され、現代において芸術は「エクスポジション」つまりさらされるものとなった。そこにおいて人々は露呈され、露呈されるところで「共同性」が成立するようになった。

 本書は芸術作品と共同性をめぐる考察であり、それが伝統的には政治的なものであったにもかかわらず、現代においては政治以前の生の共同性として顕われていることを論じたものである。そこには絶滅収容所で人間がただの生き物としてさらされた歴史的経験が重きをなしている。主張自体も面白いものだが、様々な美術批評の基本論点がちりばめられており、美術批評入門的な装いがある。美術批評を初めて読む人にもお薦めできる。

片山善博・糸賀雅児『地方自治と図書館』(勁草書房)

 

地方自治と図書館: 地方再生の切り札「知の地域づくり」
 

  鳥取県知事・総務大臣を務めた片山と学者の糸賀による共著。図書館を、これからの知的立国を支える国民を育てる場、また事業を行う人々が知識を得る場、国民が適切に知を獲得し民主主義を充実させる場、またまちづくりや地方創生を導く場としてとらえている。そして、そのような図書館という貴重な場を支援するために具体的に交付した交付金の話など出てくる。図書館が地方自治に果たす役割を論じ、実際に地方自治に資するために拠出した交付金の成果を報告している本である。

 正直図書館にここまで積極的な意義を見出すことができるとは思わなかった。だが、確かに本を借りるだけの場ではなく、もっと多様な応用可能性がある場だということはよくわかる。目を開かれる思いだった。

土田宏『ケネディ』(中公新書)

 

ケネディ―「神話」と実像 (中公新書)

ケネディ―「神話」と実像 (中公新書)

 

  ケネディ大統領の生涯をたどった評伝。学生時代から、軍隊時代にヒーローになったこと、その後のピュリッツァー賞受賞や、議員としてのキャリア、大統領選挙、キューバ危機の回避や諸々の政策、暗殺にいたるまで一通りケネディのことが分かるようになっている。

 ケネディは選挙に勝つために手段を択ばなかった。金の力を使ったりパーティを開いたり。また、ピュリッツァー賞受賞の本を本当に自分で書いたのかについても疑問が呈されている。それに暗殺についても謎が多い。総合的に見て、清廉潔白に生きた人間というよりも、政治の権謀術数うずまくなかで汚れに汚れて生き抜いた人間のように思える。現代の政治家のリアルな姿が見れて面白かった。

井田徹治・末吉竹二郎『グリーン経済最前線』(岩波新書)

 

グリーン経済最前線 (岩波新書)

グリーン経済最前線 (岩波新書)

 

  本書は、近年のグリーン経済へ向けた各国の取り組みを紹介したものである。20世紀の炭素資源を大量消費したブラウン経済から、21世紀の環境に配慮した技術革新に基づくグリーン経済への転換を、世界各国の豊富な具体例をもとに紹介している。

 グリーン経済は何もエコな商品の生産だけにとどまるものではない。それは、エコな製品の格付けや消費、エコな商品への投資やエコな企業を援助する金融など、経済全体を巻き込む動きである。

 本書を読むと、もうすでに世界のあちこちでグリーン経済の取り組みが行われることが分かり心強い。なかでも、中国が積極的な取り組みを行っていることを知ってとても安心した。グリーン・ツーリズムの話も面白かった。

金菱清『震災学入門』(ちくま新書)

 

震災学入門: 死生観からの社会構想 (ちくま新書)

震災学入門: 死生観からの社会構想 (ちくま新書)

 

  災害のリスクを低減させるには、その社会がレジリエンス(回復力、抵抗力)を備えていることが必要である。生活を共にしたコミュニティの維持・継続を目指すことが、被災後の包括的な災害リスクを総合的に低減できるレジリエンスをそなえた方策である。

 本書は、災害後のレジリエンスを高めるためにいくつかの提言を行っている。

①震災の痛みを除去するのではなく、むしろ痛みを温存して、痛みを愛する家族とともに保存するということ。

②死んだ人間をまったく死んだものとして捉えるのではなく、生ける死者として、曖昧に喪失された者として関わっていくこと。

③行政の押し付けた防潮堤やらコミュニティをそのまま受け入れるのではなく、海と陸の交通や人同士のつながりを維持したコミュニティを保存すること。

 本書は、震災に対して行われた行政側の治癒策についていくつかの観点から批判的に論じたものである。それは総じて、ハードな政策よりもより人々の心に沿ったソフトな政策、画一的な政策よりもより当事者に応じた個別的な政策である。震災によって非常に複合的な問題が生じている中、その問題を腑分けしたうえでの提言は非常に刺激的だった。