社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

加藤朗『日本の安全保障』(ちくま新書)

 

日本の安全保障 (ちくま新書 1220)

日本の安全保障 (ちくま新書 1220)

 

 安倍首相による安全保障戦略を理論的に批判し、日本の安全保障のあり方として「平和大国ドクトリン」を提唱するもの。

 平和大国ドクトリンは、平和主義と国際協調主義を日本のアイデンティティとし、政治の現実としては自衛隊と日米同盟による専守防衛と9条部隊による国際平和支援活動を基本とする中級国家戦略である。

 日本は戦後70年にわたり平和主義・国際協調主義により平和大国としてのブランドを築き上げてきたので、それを捨て去ることは日本が日本でなくなることである。また、日米同盟については将来的には国連緊急平和部隊へと発展的に解消すべきである。日米同盟と自衛隊PKOが発展的に解消して初めて個人の自衛権国連へ譲渡するという憲法の理想が実現する。

 本書は、日本の現状を踏まえたうえで、日本の過去と未来を見据え、どのような安全保障戦略が望ましいかを探っている。日本はもはや大国ではないし、これまでに培ってきた平和大国としてのブランドを生かすべきである。そこでありうべき戦略を説得的に提示していて、非常に参考になるものであった。 

宮本太郎『共生保障』(岩波新書)

 

共生保障 〈支え合い〉の戦略 (岩波新書)

共生保障 〈支え合い〉の戦略 (岩波新書)

 

  本書は、少子高齢化が進み労働状況も厳しくなってきた現代にふさわしい社会保障の形を提言するものである。

 正社員という「支える側」と老人などの「支えられる側」を二元化して縦割りの体制をとっていた旧来の社会保障は維持しがたい。そのため、地域では「支え合い」を支え共生を試みる好事例が生まれ、また介護・障碍者福祉・保育などを巡って普遍主義的改革も進められてきた。

 この動きを推し進めるため、子育て支援や就学前教育により「支える側」をより支え、高齢者・障碍者・生活困窮者など「支えられる側」の社会参加機会を増やす必要がある。そして、「支える側」も「支えられる側」もより多くの人たちが参加できる「共生の場」の整備が必要である。

 本書は現代の社会保障の問題にクリティカルに肉薄した書物であり、随所にアイディアがちりばめられている。日本が今まさに直面している問題への処方箋であり、実際に行政もこの共生保障の方向で動き始めている。現代日本を知るうえで避けて通れない問題である。

砂田一郎『オバマは何を変えるか』(岩波新書)

 

オバマは何を変えるか (岩波新書)

オバマは何を変えるか (岩波新書)

 

  2009年10月、オバマ前アメリカ大統領のノーベル平和賞受賞を受けて書かれたオバマの改革への挑戦の記録。

 オバマブッシュ政権外交政策から転換し、アメリカが平和と尊厳を主導する役割を担うとした。また、アメリカの多様性を強みだととらえ、国民自らの公的責任を強調した。人工妊娠中絶については女性の選択する権利を擁護し、温室効果ガス削減など新たな環境政策を提言した。景気対策に関しては公共事業を重視し、住宅ローンと自動車産業に援助の手を差し伸べた。また、国民には貯蓄をするように奨励した。

 オバマは、アメリカは単独行動主義をやめ、世界と協調しながら平和を実現することを提言した。イスラム諸国とは対話を試み、核兵器を縮減していこうとした。また、オバマの重要な施策としては医療保険改革と新たな環境エネルギー政策によるアメリカの変革があった。国民皆保険制度と再生可能エネルギーへの転換である。

 本書は2009年時点のオバマの施策に関する本であり、オバマ政権が終了した今となってはその総決算を読みたいところではある。だが、オバマがいかに革新的でチャレンジングな政治を志していたか十分伝わってくるものであり、偉大な政治家の奮闘の記録として興味深かった。

加藤周一『抵抗の文学』(岩波新書)

 

抵抗の文学 (岩波新書 青版 58)

抵抗の文学 (岩波新書 青版 58)

 

 戦時のレジスタンス文学がそれまでのフランス文学に新たな境地を生み出したとする評論。加藤周一の初期の代表作。 

 第二次世界大戦以前、フランスの文学は象徴主義と超現実主義で行き詰っていた。ロマン派以来の自我中心主義が知的・感覚的に追求されることで内面に閉じこもってしまった。

 だが、ナチス占領下の抵抗の文学によって、国民意識や大衆の生活意識、激動する現実を直視する動き、人生を取り戻す動き、象徴主義に時代性を与える動きなどを表現し、フランス文学が途絶えないことを証明した。抵抗はフランス文学の閉塞を打ち破ったのである。

 本書に現れる詩人たちはすべてがそれほど有名なわけではないが、それぞれに文学的に意義深い仕事を成し遂げ、フランス文学に足跡を残したようである。もちろん、加藤はこのフランスの運動の中に何か日本に通じるものを見出そうとしていたのだろう。あるいは、日本の戦時下の文学について考える端緒を探していたのかもしれない。いずれにせよ、論旨が明確で楽しめる評論だった。

宇野重規『トクヴィル 平等と不平等の理論家』(講談社選書メチエ)

 

トクヴィル 平等と不平等の理論家 (講談社選書メチエ)

トクヴィル 平等と不平等の理論家 (講談社選書メチエ)

 

  トクヴィルは19世紀フランスの思想家で、90日間アメリカに視察旅行に行った際の調査に基づき『アメリカのデモクラシー』を書いた。

 内容としては、アメリカは諸条件の平等が極限に達したデモクラシーのもっとも発展した国であり、デモクラシーが共通の未来である以上、アメリカはフランスの未来である、というものだった。

 トクヴィルの著作は、アメリカにおいては歓迎され好意的に読まれる一方、いまだ不平等が根強かったフランスでは人気がなくそれほど読まれないまま埋もれてしまった。だが現代になってみると、その平等を基本とするデモクラシーの射程は歴史を予言していたことが分かる。

 本書は、トクヴィルの思想について平易に記述した好著である。トクヴィルの原典に当たる前に読んでおくといいだろう。トクヴィルの「民主的人間(ホモ・デモクラティック)」の思想など興味深いし、フランス革命についての考察に関しても触れてある。フランスにおいて彼は時代を先取りしすぎていた存在だった。だがアメリカにとっては自らの原像を映し出す好ましい思想家だった。