社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

ジャック・ルゴフ『中世の知識人』(岩波新書)

 

中世の知識人―アベラールからエラスムスへ (岩波新書 黄版 30)

中世の知識人―アベラールからエラスムスへ (岩波新書 黄版 30)

 

  中世の知識人たちの活躍について記述した本。

 中世は決して知的に停滞した時代ではなかった。アラビア世界から翻訳もののギリシア哲学が輸入されると、中世の大学では活発に議論がなされ、大学教師は知識人として活躍した。その嚆矢となったのがアベラールであり、その批判的な学問的態度は中世の知識世界の活況を象徴するものである。

 中世の知識人はやがて教会に保護されて特権階級をなすようになるが、オッカムなどの懐疑主義によりさまざまに批判され、14・15世紀にはユマニストの登場により、理論的な学よりも文学が重視され、理知主義は排され信仰が絶対視され、スコラ学の退廃は揶揄された。

 本書は中世の学問状況を伝える希少な本であり、歴史の議論においてはあまり重要視されない分野について詳細に論じている重要な本である。中世は決して暗黒時代ではなく、近代の学問状況に通じるような活発な批判や議論が行われていた。そこでは大学が大きな役割を果たし、多くの知識人を輩出した。興味深い本であった。

高木宏夫『日本の新興宗教』(岩波新書)

 

日本の新興宗教―大衆思想運動の歴史と論理 (岩波新書 青版)

日本の新興宗教―大衆思想運動の歴史と論理 (岩波新書 青版)

 

  日本の戦前戦後の大衆思想運動について記述した本。

 天理教立正佼成会創価学会などといった新興宗教は、戦前に生まれたものであるが、戦争期の国家神道一元主義による弾圧を潜り抜けて戦後になって栄えている。新興宗教は純正な宗教というよりは大衆思想運動の一環としてとらえるのが妥当である。その意味で、マルクス主義運動や他のサークル運動と同列に取り扱うべきである。

 新興宗教は初期の未熟な段階から、様々な批判にさらされて教義を確立し組織を体系化しどんどん合理化されていく。そして近代科学との対立の中で、近代科学では説明できない信仰の部分をカバーする。キリスト教も仏教も、あらゆる宗教は初めは新興宗教であり、時代を経ることにより同じような合理化の過程を経た。

 本書は1950年代に書かれた本であるが、新興宗教を大衆思想運動という広い文脈に位置付けており参考になる。だが、大衆思想運動と位置付けたがために宗教を他の運動と分けることが難しくなり、宗教の独自性がいまいち追求されていない感がある。いずれにせよ、戦前から戦後にかけての民衆の思想運動について詳細に知ることができて得るものが多かった。

井手英策『幸福の増税論』(岩波新書)

 

幸福の増税論――財政はだれのために (岩波新書)

幸福の増税論――財政はだれのために (岩波新書)

 

 日本社会が今後とるべき舵取りの仕方を示した本。

 日本は勤労と倹約が称賛される国で、所得と貯蓄を増やすことが奨励された。それは結局、自己責任・自助努力を推進する制度として現れた。だが、今や勤労・倹約をしても所得・貯蓄が増えない低成長の時代がやってきた。

 ここで再び成長路線をとることは少子高齢化などの流れを見ると難しい。低所得者や生活支援を受けている人たちを社会に包摂するアプローチをとるべきである。他者の痛みに敏感になり、互いに助け合う「共在感」のある社会が望ましい。 

 お互いに頼り合い、支え合いながら解決するしかない領域については、ベーシックサービスの提供により人々が安心して暮らせる水準にするべきである。そのための痛みを分かち合うために増税が必要である。個人的ニーズが社会的ニーズへと転換していく中、弱者を救済する社会から弱者を生まない社会へと。

 本書は、日本人の国民性を見直すことにより、これからの低成長時代に対応した制度設計を提唱する本である。新たなる公共であるとか分かち合いの社会であるとか言われて久しいが、それを日本人の価値観の転換に結びつけているところが新しいと思われる。理論的にはそれほどしっかりしているようには思えなかったが、このあたりの議論はここまで発展したのかと思うと感慨深い。

 

三谷太一郎『日本の近代とは何であったか』(岩波新書)

 

日本の近代とは何であったか――問題史的考察 (岩波新書)

日本の近代とは何であったか――問題史的考察 (岩波新書)

 

  日本近代について論じた重厚な本。

 ウォルター・バジョットによれば、近代とは「貿易」と「植民地化」により慣習の支配を変革して「議論による統治」を生み出した時代である。

 日本の政党政治幕藩体制時代の権力均衡メカニズムに由来する。日本の資本主義は明治時代の殖産興業政策に由来する。日本の植民地帝国は日露戦争戦勝後国際社会で一等国扱いされ軍事的安全保障を企図したことに由来する。さらに、三谷は日本の近代の特徴の一つとして天皇制を挙げ、それが日本にとって宗教と同じ国の枢軸としての役割を担ったことを述べる。

 本書は日本の近代について緻密で重厚な議論を積み重ねた学術書レベルの本である。近代の定義から始まり、それを日本の特殊性に柔軟に当てはめていく様は見事である。近代については多くの本が書かれているが、バジョットの議論はあまり取り上げられることがなかったように思うので新鮮だった。

藤田正勝『日本文化をよむ』(岩波新書)

 

日本文化をよむ 5つのキーワード (岩波新書)

日本文化をよむ 5つのキーワード (岩波新書)

 

  「無常」をテーマとして日本文化を論じた本。

 出家の道と詩歌の道との相克で悩んだ西行。人間の悪を直視し、悪人であるからこそ救われるとした親鸞。世の名誉などはすべてむなしいから遁世しようとした鴨長明吉田兼好。能を極めながら「花」という美学を展開した世阿弥。わび・さびを追求した芭蕉

 これらの日本文化を代表する人たちは、この世は儚くすべては移ろいゆくという無常観を共有していた。日本文化には通奏低音としてこの無常感が流れている。西田幾多郎はこういった各国特有の文化を世界に開いていき、世界文化を活気づけることを企図していた。

 本書は日本文化の形成に当たって重要な役割を果たした人たちの思想を取り上げ、それらを概観したもので、それぞれの思想家の入門書的役割を果たしている。日本文化においてはやはり無常観というものが重きをなしているようで、たとえば自分自身のものの考え方にもそれは影を落としているように感じる。なかなかおもしろかった。