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予想もしない動機・行為

 実行行為と結果発生の間に介在する事情のうち、特殊な事情は相当因果関係の判断において判断基底から除かれる。だが、実行行為自体が、行為者や一般人が予想もしないものだった場合はどう考えたらよいのか。あるいは、実行行為の動機が予想もしないものだった場合。

 たとえば、人を殴ったこともない人が、他人にひどい中傷をされて、自分でもまさか殴るとは思わなかったが、思わず殴って相手を殺してしまった場合。この場合故意はあるとしておく。被害者による中傷を因果経過の起点とすると、実行行為は予想もされなかったものであり、実行行為を除くと結果は発生しなかったのだから、中傷と死亡との間に相当因果関係はないことになる。

 だが、実行行為を起点とする因果経過を考えると、実行行為と結果の間に何ら特殊な事情はないため、実行行為と結果の間の相当因果関係は肯定される。だが、起点を中傷の時点までさかのぼらせた場合には、実行行為は判断基底から除外されるような特殊な事実なのである。その特殊な事実を存在するものとして因果関係の相当性を判断してよいのだろうか。

 構成要件該当性・違法性・責任を備えれば可罰的であるとする刑法の建前をとれば、このような予想もされなかった実行行為であっても、それらの要件を満たすため処罰される。相当因果関係による責任の限定は、行為者に帰責するのが不当な結果を行為者に帰責させないために行われる。いくら行為が実行行為者にとっても予想もしないものであっても、故意を備えている以上、結果を行為者に帰責するのは不当とはいえない。責任の判断において、実行行為の予測可能性は考慮されないのだ。よって、相当性判断を行う趣旨からしても、このような予想もされない実行行為は可罰的なのである。