社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

事実の選別

 法律効果の発生の条件として、事実が要件に該当することが要求される。法律や裁判例・学説は、法律効果が発生するために満たすべき「規範」を定立し、法律家はその規範に事実があてはまるかどうかを判断する。法律の答案ではこの「規範とあてはめ」をしっかり書くべきだといわれる。

 だが、規範と事実の符合を判断する際に、事実を選別することがある。事実の要件該当性を判断するのに、考慮してよい事実と考慮して悪い事実が選別されるのだ。例えば最判平12・3・9は、ある時間が労基法の労働時間に該当するためには、労働者が使用者の指揮命令下に置かれていることを要求しているが、その条件を満たすかどうかは客観的に評価すべしとしている。つまり、たくさんある労働関係をめぐる事実のうち、主観的な労働者の思い込みなどの事実は判断基底から除かれ、客観的な事実のみが選別されてそれをもとに指揮命令下にあるかどうかを判断するのである。

 これは刑法の因果関係の判断でも行われていた。構成要件該当性を判断する際に、因果関係の成立が問題となるが、行為時から見て相当な事実だけを判断基底として残し、行為時から見て異常な事実は判断基底から除く、という方法がとられている。

 つまり、「規範とあてはめ」と簡単に言うけれど、厳密には、「考慮すべき事実を選び取ったのち、それらの事実をもとに要件該当性を判断する」というのが正しい要件該当性の判断である。だが、実際は、事実の選別を行わなくてよいケースが圧倒的に多く、大方は「規範とあてはめ」で通用するのである。