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自己に対する義務

 法律は他人に対する義務は規定するが自己に対する義務は規定しない。つまり、「他人の利益になるように自分の行動を規制しなさい」とは命ずるが、「自分の利益になるように自分の行動を規制しなさい」とは命じない。「社会に悪影響を与えないように賭博はするな」とは命ずるが、「お前のためになるように賭博はするな」とは命じない。だから、法律は、「自殺をしてはいけない」とか「自傷行為をしてはいけない」などと命じないし、「自己研鑚せよ」と命じたりもしない。個人は別に自分の利益にならないことをしてもよいのである。

 これは、現代の価値観の基礎として自由主義があるからだと思われる。自由主義の帰結として、「愚行権」、すなわち愚かな行いをする権利がある。人間には、自分を傷つける、自己研鑚しない、そのような愚かな行いをする権利がある。法律は、この愚行権を尊重すると同時に、愚行権を言い訳としている。つまり、愚行権があるから法律は個人の自己決定に踏み込んではいけないと同時に、愚行権があるから法律はわざわざコストをかけて個人の愚行に逐一口を出さないで済むのである。