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高島善哉『アダム・スミス』(岩波新書)

アダム・スミス (岩波新書 青版 674)

アダム・スミス (岩波新書 青版 674)

 アダム・スミスは封建主義・絶対主義を打ち破り、近代化のための闘士として活躍した思想家である。近代社会とは市民社会であり、近代化のためには功利の原理が必要である。功利の原理とは、各人が自由で平等な人間として自らの生活を改善していこうとして発言することであり、政治的な民主主義、経済的な自由主義のことである。市民社会は、権威が社会を支配していた時代から、功利が社会を支配するように歴史的に発展するのである。そのためには、政治と経済が互いに触発し合いながら繁栄していかなければならない。そして、市民政府が各人の財産を侵害から守るために成立しなければならない。

 市民社会とは何よりも経済の社会であり、各人が自分自身の境遇を改善しようとする利己心によって駆動される社会である。だが利己心といっても、社会性があり、正義のセンスや共同体のセンスと共存しうる利己心によるのである。経済は決して物質的なものではなく、慎慮など様々な徳によってモラルの世界に組み込まれている。

 一国の富を増大させるには、生産力を増進する必要がある。生産とは土地と労働によって生み出されるものである。だから、生産の基本は農業である。だが商工業もまた同じように生産的であり、職業同士の分業、農業・工業・商業の分業、都市と農村の分業のように、社会全体が分業化されることによってその生産性を増す。私有財産と自由競争、節約と蓄積によって、一国の富は増していくのである。そこでは、経済が自然的に望ましい地点で調和するのだ。

 本書はアダム・スミスを近代精神の体現者とみなし、近代化の意味を経済的な視点から詳しく述べている。だがそこに浮かび上がってくるのは、経済とは単に唯物的なものではなく、政治やモラルと緊密に結びつきながら発展していく社会の法則の一つに過ぎないということである。本書ではさらに、スミスとマルクスとの比較検討も行っており、マルクスから照射されるスミスの特徴を見ることもできて興味深い。「分業」「自由放任」「利己心」などのキーワードで安易に語られてしまいがちなスミスであるが、それらのキーワードの背後にある緻密な思想を知ることができる好著である。