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竹内靖雄『経済倫理学のすすめ』(中公新書)

経済倫理学のすすめ―「感情」から「勘定」へ (中公新書)

経済倫理学のすすめ―「感情」から「勘定」へ (中公新書)

  本書は、あらゆる倫理問題を、稀少性をめぐる分配の問題という経済学的視点に還元し、なおかつ倫理の背後にある人間の感情を重視するとともに、最終的には倫理問題を社会的効用、すなわち「勘定」の問題に還元しようとする。ただしその際、ルールのある自由競争でプレーヤーたちが利己的行動をすることを前提とする。

 だから、著者のとる立場は功利主義であって、「べきである」という倫理問題を「である」という事実問題に還元しようとする。「こうすべきである」という言明は「こうすれば利益が生じる」という言明に置き換えられ、「べき」はせいぜい感情の問題に過ぎない。それゆえ、倫理的に優れているということは、より多く社会の利益に貢献しているということに他ならず、決して自己犠牲や利他的行為を指すものではない。

 そのような観点から、刑罰の問題や契約の問題、分配の問題を考えていく。社会全体の利益を増すためには、犯罪には補償を、契約による互恵を、嫉妬によって歪められない富の分配を実現する必要がある。

 また、道徳の名によって人間を束縛すべきではなく、他人に害を与えない限りプレーヤーの自由は最大限保障されるべきである。だから、パターナリズムは、あくまでその対象が他人に害を与えるときにのみ発動されるにすぎず、対象への道徳的干渉は全くのおせっかいである。

 そのような自由競争社会で、商売は奨励されなければならない。商売は決して不等価交換ではなく、市場によって自然に形成された望ましい交換であり、社会全体の利益を増進する。そして国家による福祉的介入は、互助の精神を失わせ、弱者救済の責任を国に転嫁するものであるから最小限に、社会の利益を損ねないようにやらなければならない。また、民主主義は、政治家が選挙という市場で自由競争する制度として捉えることができる。だから、政治活動の自由はなるたけ認め、贈収賄など公正な競争をゆがめるものだけを規制すればよい。また、生命も量的にとらえるべきで、より多くの生命が生き残る方法を考えるのが一番良い。

 本書は、「倫理的に善いこと」を「社会的利益を生み出すこと」に還元し、社会的利益を生みだすためには、個人のルールにのっとった自由な競争が最適であるとし、その観点から様々な倫理問題をバッサバッサと斬り捨てていく痛快な本である。その際、倫理的問題にひそむ感情の問題を決しておろそかにはしないのが面白い。特に嫉妬の感情が平等の問題に付きまとうことを見逃さない。感情の問題は、ときに勘定の問題と衝突する時がある。例えば貧富の差を是とするかどうかなど。そこで飽くまで、感情よりも勘定に軍配を上げるのが本書の立場だ。だが、人間はときに勘定を捨ててまで感情に走りがちな生き物である。すべて勘定で解決しようとする本書の立場はある意味不自然でわだかまりは残る。