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桑原武夫編『ルソー』(岩波新書)

 

ルソー (1962年) (岩波新書)

ルソー (1962年) (岩波新書)

 

  ルソーの思想と生涯について簡単にまとめた良書。彼の著作を読んでいく手引きになる。ルソーは『学問芸術論』において、学問・芸術・文学という文明の産物は人間の欲望が作り出したもので、人間本来の自由や道徳と矛盾すると主張した。学問は、迷信や野心・貪欲などの悪徳に基礎を置き、芸術は奢侈と結びつく。それらは時間の浪費に過ぎない。それよりも、美徳と素朴さを回復すべきである。

 また彼は『不平等起源論』において、人間の悪徳は政治の悪さに由来するとして、社会状態において自然状態における平等が害されることで不平等が生じると主張した。自然状態において人間は自己愛と憐みだけを持ち、孤立して自由平等に生きる。私有が始まると奴隷制と貧困、不幸と悪徳が成長し、戦争状態になる。政治体は富者が自己の利益を守るため人民の同意を得て契約することで成立するが、それはせいぜい不平等を制度化するだけなので、専制主義によるアナーキーで自然状態に復帰するほかない。

 そして彼は『社会契約論』において、国家の意志である「一般意志」が、全体および各部分の保存と幸福を目指すことが必要であると主張する。個人の意志である「特殊意志」が一般意志と一致するのが美徳であり、そのために個人は個人的利益ではなく公共的利益を第一に考えなければならない。そしてその民主主義は愛国心により支えられる。ルソーは人民を深く信頼し、人民の一般意志は国家の唯一最高の主権であると考えた。

 さらに彼は『エミール』において、「自然の善性」説に基づき、教育は子供の進歩と人間の心の自然の歩みに従うべきとした。教育は子どもの心身の発展に応じたものでなければならない。子どもの自由や自発性が何より大事である。

 ルソーの「性善説」とでも言うべきもの、そして、人間の善性が現れている自然状態に帰ることが大事だという思想は、一つのドグマに過ぎないのかもしれない。そもそも、自然状態や社会契約というフィクションによって思想の根底を固めてしまっていることに不具合はあるだろう。だが、ルソーの目指した、人間の美徳が実現される社会、これは目標として維持することは十分可能であって、たまたまルソーはその手段として自然状態を持ち出したに過ぎない。仮に人間が性悪であったとしても、何らかの手段で良い社会は作れるかもしれないのだから。そして、一般意志というのもまたフィクショナルであるが、理想として追求する分には差し支えないだろう。およそ、ルソーの思想には仮定や推測が多く、理想主義的であり、だがそれゆえにこそ大胆な提言ができたのである。