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野田又夫『デカルト』(岩波新書)

 

デカルト (岩波新書)

デカルト (岩波新書)

 

  デカルトの生涯と思想をコンパクトにまとめた本。全体像がつかめるので、個々の著作に向かって行くのにちょうどよい。デカルトは初めて世界を科学的に見ることをあえてした人であり、そのように世界を見る主体である「われ」をはっきりつかみ、世界において「われ」がいかに生きるかについての方針を立てた。

 理性は万人に等しく備わっているので、理性を使う方法によって人間の賢愚は決まる。だから、自分が採ってきた理性を導く方法を披露しよう、というのが『方法序説』である。語学や物語や歴史は今の問題を扱えないのでよくない。弁論術や詩作は個人の天性に依存するし言葉に神経を使いすぎる。古代異教の道徳論者は議論の土台がはっきりしない。現在の自己の判断力を自主的に行使することが大事であって、これら人文学はその訓練程度の意味しか持たない。また、スコラ哲学者の解したアリストテレス哲学は、前提に遡る分析の作業が不十分で、またすべてについて語ろうという過ちを犯している。ルネサンスの文学的人生論は確かな認識を与えず、スコラ哲学は論理が十分に明晰ではない。デカルトは当時の学問にことごとく批判を加えた。

 デカルトは知恵を一本の木に喩える。根が「形而上学」、幹が「自然学」、知恵の実が結ぶ枝としては「機械学」「医学」「道徳学」。「形而上学」は、精神としての自己の存在を確かめ(我思うゆえに我あり)、ついで無限完全な精神としての神の存在を示し、最後に物質的世界の存在について考える。「自然学」は、世界がいかにあるかを示すもので、空間・物質・物質の運動法則を考え、力学的世界像を描いている。「機械学」は機械的技術のことで、時計や動力機関の論も含む。「医学」は身体のみならず精神にとっても大切で、また道徳の教えを医学で代替することも可能である。「道徳学」は他の学問の完全な認識を前提として究極的善に関わるもので、知恵の最終段階である。

 デカルトは生命についても機械論的な見方をしているし、宇宙全体についての見通しも持っていたし、啓示神学に対する態度もしっかり持っていたし、人間の情念についても独自の説を持っていた。デカルトの何よりの業績は、主体的で合理的な個人という近代のパラダイムを、彼なりの徹底した厳密さで論じ通したことだろう。デカルト個人主義や合理主義や科学主義は大きな影響力を持ち続け、それは現代にも波及している。哲学は哲学者が何らかの体系を作り上げ、後代の哲学者がそれを批判し乗り越えるというダイナミズムで発展していくものであり、デカルトは非常に大きな吟味の対象を後代に遺したという意味で偉大である。