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岡本勝人『「生きよ」という声』(左右社)

 戦後詩壇で重要な位置にいた詩人・評論家の鮎川信夫に関する全般的な入門書。鮎川の複雑な詩は、矛盾を総合し重層的に決定するという反語的な要素を隠し持っている。そして、個人の幻想による都市の叙情を描いている。鮎川はモダニズムリベラリズムの立場をとったが、コミュニズムとも全体主義とも訣別している。近代的な田園風景を基盤とする抒情の流れと、モダニズム詩が描いた都市の風景に個人の内面を映した社会が反映されている。また、戦争体験や父親との関係も作品に影を落としている。

 鮎川信夫についてこのように読みやすい入門書が書かれるのは非常にありがたい。現代詩の評論はときに無内容であり、ときに意味不明である。そんななか、このように平明で本質的で、しかも鮎川の全貌を伝えるような本書が書かれたことの意味は大きい。「橋上の人」として、橋の上から都会の風景を眺めていた鮎川信夫。我々一人一人もまた橋上の人なのだろう。