社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

船橋洋一『シンクタンクとは何か』(中公新書)

 

  公共政策を提言する研究機関であるシンクタンクについて概説したもの。

 シンクタンクとは、アカデミックな分野や研究開発部門の研究成果をいかに公共政策の作成に活かし、社会の問題解決に結びつけるかを使命としている。シンクタンクは顧客に応答することよりも自律することを志向し、行動することより考えることを主に志向する。

 アメリカはシンクタンク大国であり、シンクタンクは政府へと人材を供給し、また政府からシンクタンクへとも人材は流れた。だがトランプ大統領の登場以来、シンクタンクのエリートたちはエスタブリッシュメントとして忌避されるようになった。中国やロシアにもそれなりにシンクタンクはあるが、自律性に欠け体制寄りである。日本はシンクタンク小国であり、霞が関が実質シンクタンクのような機能を担っているが、シンクタンクの満たすべき要件をほとんどみなしていない。日本がこれから国際的に発言力を増していくためにシンクタンクは必要である。

 本書はシンクタンクというものがどういうものであるか一通りわかる本である。記述は読みやすく、また読みごたえがある。最近日本がいろんな面で国際的に遅れていることが指摘されているが、シンクタンクについても日本は国際的に遅れを取っている。シンクタンクの特長を理解して日本でもどんどんシンクタンクを設立していくべきであろう。

ダニエル・J・ソロブ『プライバシーなんていらない!?』(勁草書房)

 

プライバシーなんていらない!?

プライバシーなんていらない!?

 

  プライバシー保護の必要性について、主にアメリカの状況をもとに考察。

 「プライバシーなんていらない」という人の中には、「なぜなら自分にはやましいことなんて何もないから」という理由付けをする人がいる。そして、テロの発生などで国家の安全保障の要請が高まると、安全を優先して政府のプライバシー侵害を許容してしまう。だがそれは正しいこととは言えない。政府が我々のプライバシーを把握すると、それが我々に害をなすように利用される危険性が高まる。特に昨今のデジタル社会においてはウェブ空間に我々の購買歴などの個人情報が浮遊している。政府が我々の個人情報を入手することは容易になりつつある。だが、プライバシーの利益は個人的な利益ではなく社会的な利益であり、我々は政府の情報収集を監視する必要がある。

 本書はプライバシー権をめぐる論争的な書物であり、アメリカにおける9.11後のプライバシー軽視を問題視している。日本はアメリカよりもプライバシーの保護が厚いと思われるが、これからのデジタル社会では政府は容易に個人の情報にアクセスできる。決して他人事ではない問題であり、日本でもどんどん議論していく必要がありそうだ。

原田隆之『サイコパスの真実』(ちくま新書)

 

サイコパスの真実 (ちくま新書)

サイコパスの真実 (ちくま新書)

 

  サイコパスについての入門書。

 サイコパスは連続殺人などの重大犯罪で世間を震撼させてきた。だが、サイコパスにもさまざまな種類があり、皆が犯罪者になるわけではない。

 サイコパスは人口の約1%ほど存在していて、それは脳の遺伝的な障害に生育環境などが合わさって発現する。サイコパスは表面的な魅力を備えているが、他者操作的で虚言壁が強い。また性的にも放縦で自己中心的・傲慢である。これらは良心や共感能力、不安の欠如などに由来し、しばしば反社会的な行動を伴う。 サイコパスには社会的に成功する人も多く、また症状が目立たない人も多い。主に認知行動療法による治療も可能である。

 本書は最近メディアでもよく耳にするようになったサイコパスについての入門書であり、一通りサイコパスというものの実像が分かる。サイコパスは一つの治療可能な疾患であり、十分に科学的に分析されている。猟奇殺人犯などの悪いイメージがつきものではあるが、偏見を打ち破る知識が身につく本である。

斎藤元紀編『現代日本の四つの危機』(講談社選書メチエ)

 

連続講義 現代日本の四つの危機 哲学からの挑戦 (講談社選書メチエ)

連続講義 現代日本の四つの危機 哲学からの挑戦 (講談社選書メチエ)

 

  現代日本の危機を哲学的観点から論じたオムニバス形式の講義録。

・日本人の心と社会の未成熟さーーカント的啓蒙による自律性の獲得

・依存症の危機ーー衝動システムを抑え熟慮システムを鍛える

・大学の危機ーー無条件に批判するすべてを公的に言う権利の獲得

・冷戦後のよりどころの喪失ーー対話による自律的思考の訓練

・民主主義の機能不全ーー対話による討議の回復

・現代人の余裕のない心ーー俳諧による自然を鑑賞するなど心の余裕の回復

・存在そのものが危機ーー存在の形而上学

・世界の終りの危機ーー世代間の超克

・人間の根源的な貧しさーー貧しさと真っ向から向き合う豊かさ

・戦争の危機ーーアンガジュマンの思想

・啓蒙の危機ーー危機の継承

全体主義の危機ーーごく普通の人たちによる哲学

 このように本書は現代日本の抱える様々な危機に対して既存の言説などを参照しながらそれぞれの処方箋を提示している。現代が危機の時代だということを肌で感じている人は多いはずである。だがその危機を漠然と感じているだけで、このように具体化されるとえるものが多い。また、危機への対処法も参考になる。

互有

 夫婦関係は互いに互いを所有し合う関係、つまり「互有」関係だと思う。基本的に、自己は自己のみを所有し、自己を他人から所有されることを拒絶し、自己が他人を所有することを慎む。ところが、恋愛関係や夫婦関係においてはこの原則が崩れるのである。
 夫婦関係においては、人格的にも身体的にも二人が互いに浸透し合う。夫婦は互いの自由をある程度束縛し合いながら生きていくし、性交渉などで互いの身体のプライバシーの高い領域に入り込む。夫婦は相互にある程度互いの人格や身体を所有しているかのように思える。
 この互有関係は、相手を支配することと、自己を相手に譲り渡すことによって成り立っており、これは愛の二つの側面に対応している。愛する男女は相手に対する強い執着を持つ一方、相手に対して自己の領域に侵入することに寛容になる。愛の二つの側面によって、夫婦は互いに自己の所有権をある程度相手に譲与するのである。
 互有関係は夫婦が互いに相手を欲望し、互いに相手を許し合っているときに成立するので、この互有関係が崩れるときが夫婦関係が壊れるときである。崩壊した夫婦の下ではこの互有関係が成立しておらず、夫婦はもはや互いを所有せず、まったく赤の他人である。互有関係は夫婦が夫婦であることの存立条件である。