社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

加藤晴久『ブルデュー 闘う知識人』(講談社選書メチエ)

 

ブルデュー 闘う知識人 (講談社選書メチエ)

ブルデュー 闘う知識人 (講談社選書メチエ)

 

  現代の社会学者として注目度の高いブルデューへの入門書。批判的知識人として、現実を直視し、チームワークを重んじ、何か役に立つことをしようとしていた。教育改革など政治に対する発言も積極的に行った。彼の理論的なタームは後代に影響を与えた。

 「ハビトゥス」:知覚し評価する仕方、行動する仕方。子供が家庭環境などで獲得するのが一次ハビトゥスで、学校や職場などで獲得するのが二次ハビトゥスである。

 「資本」:経済資本、文化資本、社会資本、象徴資本がある。経済資本は経済力。文化資本は学歴・教養など。社会資本は個人や集団が持っている諸社会関係の総体。象徴資本は人が持つ資本の権力性を正当と認めたときのその社会的重要性。

 「界」:社会空間が分化してできる、相対的に自立した空間。

 ブルデューは理論も実践もともにこなした巨大な知識人であることがよく分かった。その背景にはサルトルフーコーなどの知識人像もあったようだ。理論的にも、特に真新しいものだとは思わないが、重要な概念を適切に分類していて大変参考になるものだった。これから原典に当たっていきたい。 

森嶋通夫『イギリスと日本』(岩波新書)

 

イギリスと日本―その教育と経済 (岩波新書 黄版 29)

イギリスと日本―その教育と経済 (岩波新書 黄版 29)

 

  主にイギリスの経済と教育について紹介した本。イギリスは失業率が高い、貯蓄性向が高い、それほど階級国家でもない、イギリス人は新し物好きで他人に干渉しない、などイギリスの特徴を述べたうえで、中等教育と大学について多くの紙幅を割いている。

 イギリスでは教育課程が複線的で、勉強に向かない人は早く職に就くことができる。大学進学率はそれほど高くなく、大学もどの大学に入ったかよりもどれだけ資格試験に合格しているかの方が評価される。

 少し古い本ではあるが、これまであまり知らなかったイギリスの特徴や制度を知ることができて、非常に得るものが大きかった。イギリスで実際に大学教授をやっていた人の話だから説得力がある。ところどころに挿入される実体験に基づくエピソードも面白い。イギリスのことを知りたいときにはこの本はとてもオススメ。

 

飯田洋介『ビスマルク』(中公新書)

 

ビスマルク - ドイツ帝国を築いた政治外交術 (中公新書)
 

  生い立ちから始まり、外交官からプロイセン首相、北ドイツ帝国宰相、ドイツ帝国宰相と歩んでいく道筋と、それぞれのキャリアにおいて振るった内政外交の手腕について丁寧に追っている本。

 ビスマルクは外交術に優れており、それぞれの政治状況に応じて臨機応変に、関係国に領土を与えたり同盟を提案したりして、自国の最大の利益を模索した。

 ビスマルクプロイセン君主主義を奉じ、自らの権益を守るためにも、伝統的なスタイルにこだわるユンカー政治家だった。「大プロイセン」として北ドイツにプロイセンの覇権を確立するのが目標だった。普墺戦争勝利後、ナショナリズムの力を借りて、プロイセンの覇権は確立した。だから、ドイツ帝国は、伝統的なプロイセン主義と全く新しいドイツナショナリズムの融合であった。

 本書はビスマルクの生涯と功績、また負の側面を追いながら、自己愛をプロイセン愛に同一化した保守主義政治家が、その巧みな外交術を行使することと外的な要因から、ドイツナショナリズムと不本意ながら手を組んでしまったり、領土付与という基本的な外交術から同盟という手法に鞍替えしたり、意想外な展開を見せていく筋を追ったものである。だが、この一筋縄でいかない政治外交術は、かれの外交的手腕の巧みさが生み出したものだと思われる。外交術における臨機応変さが彼の原理主義的なポリシーに打ち勝ったのだ。政治家の理念というものが現実の前でいかに可塑的にならざるを得ないかよくわかる。

田口卓臣『怪物的思考』(講談社選書メチエ)

 

怪物的思考 近代思想の転覆者ディドロ (講談社選書メチエ)

怪物的思考 近代思想の転覆者ディドロ (講談社選書メチエ)

 

  本書は、百科全書派で有名なドニ・ディドロのテキストを精読することにより、彼に対して貼られているレッテルについて再検討をしたものである。

 ディドロは同時代の啓蒙主義の風潮のもと(1)理性信仰を持っていたと思われている。また、合理主義哲学に反して(2)実験主義に依拠し、百科全書的な、言葉によって事物を表現できるという(3)言葉と物の一致の立場に立っていたと思われている。

 だが実際は、ディドロは人間は自然を支配できないと思っていて、理性信仰に反する見解を持っていた。自然は無限に多様であるがゆえに人間によっては支配できないのだった。また、形而上学や目的論的思考に対してディドロは批判的であり、法則からの逸脱や反復性に逸脱をもたらす極小の偏差を強調した。

 さらに、実験主義と合理主義については、ディドロは一方的に実験主義に軍配を上げるのではなく、どちらにも収まりがつかない過剰さについて考えを深めていた。実験主義も合理主義も、どちらも原理的・社会的に限界があるのだった。

 ディドロは、言葉と世界との乖離を認識していた。ディドロの美術批評は、批評は絵を写し得るのかという問いであった。ディドロの批評は言表行為の過程を通じて「継起的なもの」と「同時的なもの」の不一致に直面すること、言葉の不透明さに直面することであった。

 近代の思想家はなかなか面白い。本書ではディドロが取り上げられていたが、いまだ学問が厳密に分化していなかったこの時期には、思想家たちはきわめて総合的な思考を繰り広げていた。それはステレオタイプな「モダン」の型には決して収まらないものばかりだった。本書はその辺りの事情を如実に示している。

石弘光『環境税とは何か』(岩波新書)

 

環境税とは何か (岩波新書)

環境税とは何か (岩波新書)

 

  地球温暖化問題の現状を踏まえたうえで、環境政策の必要性を理論的に説き、その中でも炭素税に照準を当てて将来の制度化に期待している。

 環境税の導入を考えたとき、既存のエネルギー課税を活用する方法と、新税を新設する方法が考えられる。既存のエネルギー課税は特定財源となっているため、それを活用するのは既得権益を強化することになる。

 新税として炭素税を導入すると、(1)税収が多額、(2)輸入段階の課税だと税収の8割が原油・石炭から得られる、(3)消費段階の課税だと都市ガス・電気を含みエネルギー源が多様化する。

 ただし、炭素税には逆進性があるので配慮が必要、そして中立性を担保し目的税化は避けなければならない、行政費用や経済成長にも配慮が必要である。

 本書は環境税特に炭素税についての理論的背景及びメリット・デメリットを詳細に論じた本であり、この一冊を読んだだけで炭素税のことは非常によくわかると思う。さらに経済学理論による分析は環境経済学によりなされているようなので、そちらの関係の書籍も読むと理解は深まりそうである。