社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

八代尚宏『シルバー民主主義』(中公新書)

 

  本書は、現代日本が直面しているシルバー民主主義、つまり有権者に占める高齢者の割合が高いことから生じる種々の問題についての概説書である。

 シルバー民主主義は、社会保障制度や企業内慣行において若年者より高齢者を優遇することにより世代間格差を生む。また、借金に依存した日本の社会保障の現状を放置し、政府の借金の累積による将来世代の負担増をもたらしている。さらに、過去の日本の成功に縛られ、経済社会の変化に対応した新しい制度等を導入することに消極的になる。

 本書は、選挙における高齢者の投票率が高く若年層の投票率が低い「シルバー民主主義」に真っ向から警鐘を鳴らす警世の書である。このような本を出版することは、先見の明があると同時にとても勇気のあることである。高齢者の反発や反感を予想しながらもあえて出版に踏み切った勇気に拍手を送りたい。より良い日本のために、我々は考えていかなければならない。

今村仁司『ベンヤミンの<問い>』(講談社選書メチエ)

 

  ベンヤミンの思想に入門するに適した明快な解説書。

 ベンヤミンは引用や断片からなる「パサージュ論」を書いているが、ここにおいては個物や断片が重要な意味を有していて、それぞれが作品である。名前や言葉の重視はベンヤミンにとって重要なモチーフである。ベンヤミンは自分の全仕事を「パサージュ論」につぎ込んだ。

 ベンヤミンは歴史を自然として見、自然を歴史として見た。人間の歴史は廃墟であり、廃墟としての歴史はもっとも人間的で自然史的である。歴史とは敗者、つまり個物の歴史であり、個物の「このもの」性に凝縮した時間と歴史が宿っている。

 本書は難解さで知られるベンヤミン思想を明快に切り取ってきた好著であり、ベンヤミン入門にふさわしい。今村仁司の明晰な知性はさすがである。ベンヤミン歴史観はそれまでの歴史観に大きな一撃を与える重大なアイディアであり、そこから見えてくる人間史は通常の世界史とは全く異なる構造を持つ。とにかくベンヤミンについて知りたいなら初めの一冊にぜひ。

生松敬三『ハイデルベルク』(講談社学術文庫)

 

ハイデルベルク―ある大学都市の精神史 (講談社学術文庫)
 

  ドイツの古い大学都市であるハイデルベルクにまつわる人文学者たちの群像を紹介している本。

 ハイデルベルク大学には、古くからデカルトスピノザライプニッツなどがかかわりを持っており、その後にはゲーテヘルダーリン、ブレンターノなどがかかわった。20世紀初頭にはマックス・ウェーバーを中心としたウェーバー・クライスの本拠地となり、リッケルトヤスパースなどがかかわり、学問の中心的な位置を占めるようになった。

 本書は、ハイデルベルクという大学都市の精神史であり、ひとつの大学にこれだけ多彩で優秀な人材が歴史とともに去来したということが分かる貴重な本である。また、記述の切り口としては人々の交遊録のようになっており、学者たちの思想の内容には深入りしていない。大学都市という場を切り口にしたドイツ学問史の一断面であり、このような切り口は大変興味深い。

清水真木『忘れられた哲学者』(中公新書)

 

  今では読まれなくなったが、大正期に盛んに読まれた土田杏村の概説書。

 土田によれば、すべての文化価値は社会的文化価値である。文化の価値は他人と共有され、社会の中で実現される。そして、すべての価値は平等であり、すべての文化生活は等価である。すべての社会集団は平等であり、そこで実現される価値も平等だからである。そしてこの文化価値は無限にある。

 土田の著作は非常に多い。それは哲学に限らず、評論や歴史など幅広い領域を覆っている。その中から清水は彼の主著を見出し、そこに彼の哲学の核心を見出す。土田はある意味ジャーナリスティックな論者だったため時代依存的だったが、そうではない普遍的な主張にこそ彼の基本的哲学があった。大変興味深かった。

立川武蔵『マンダラという世界』(講談社選書メチエ)

 

 仏教にとって世界とは何であるかについて書いた本。

 仏教は、「世界の中にあること」「自己と他者との関係」を縁起と読んできた。密教においては世界と聖なるものは一体であり、それはマンダラである。ところがマンダラとは空なるものに過ぎない。実在する何ものかでなく、神と呼ぶ必要もなく、世界の第一原因でもないなく、しかし聖なるものの働きを可能にする立場を仏教は求める。

 本書は、仏教の世界観について記述したものであり、キリスト教との比較などなされていて面白い。不変のがっちりした「世界」なるものを措定しないところに仏教ならではの柔軟さが感じられる。西洋哲学ではくどいほど出てくる「世界」という概念が別の角度から見直される面白い本だった。