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期待

 民法の意思表示の規定は、意思主義と取引の安全の調和を図るものだと言われる。心裡留保・虚偽表示・錯誤・詐欺・強迫。自らの意思に従って自らの在り方を決めるという、人間の自律性の尊重は民法の基本的な価値だ。一方で、取引の安全・相手方の信頼というのも民法の基本的な価値だ。

 ところで、相手方の信頼というものは、結局は相手方の期待というものに包摂されるのではないだろうか。本人が意思表示をした、その通りの意思を持っていることを相手方は期待する。この期待が相手方の信頼と呼ばれるものだ。信頼とは期待の一形態であり、信頼保護法理を基礎づけるより包括的な法理として「期待保護法理」があるのではないだろうか。

 例えば、短期時効取得を考えよう。これがなぜ承継取得ではなく原始取得となるか。承継取得では、前主が負っていた所有権に対する種々の制限をも承継してしまう。ところが、善意の占有者は、完全な所有権が自分に帰属することを期待しているのであって、その期待を保護するには、短期時効取得を原始取得としなければならない。

 自己の在り方をどう処分するかを決定するのが意思である。それに対して、物や他者の在り方についてどうあってほしいかを希望するのが期待である。物事の在り方についてどう意欲するか。その意欲の向かう先が自己であれば、その意欲は「意思」であり、その意欲の向かう先が他者であれば、その意欲は「期待」である。この意欲は、人間が自己や世界をコントロールする上で必要なものであり、民法上保護に値するのである。