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児玉聡『功利と直観』(勁草書房)

功利と直観―英米倫理思想史入門

功利と直観―英米倫理思想史入門

 本書は、倫理学における対立を、功利主義直観主義との対立という観点から詳述している。功利主義とは、最大多数の最大幸福を善とするものであり、それに対して直観主義とは、人間が生来備えている直感によって何が善であるか判断できる、とするものである。

 本書は、しかし、学説の対立史にとどまらない。法哲学における、どういう行為を犯罪とみなすか、という論点について、それを刑罰によって生じる不利益と秩序維持の利益の均衡とみなす功利主義的立場と、一般人の思考や感情に基づかせる直観主義的立場との対立とみなすことで、議論の整理を試みている。また、生命倫理学における論争も、両陣営の対立として整理されている。つまり、倫理学の実践的な側面にまで、この対立は及んでいるのである。

 さらに、本書は、功利主義直観主義の対立を、それぞれ脳の違った部位の働きとみなす近年の研究にまで論及し、自然主義的な説明も試みている。また、倫理学における基礎づけ主義と整合説にもそれとなく言及されており、様々な含蓄に富んでいる。

 私としては、両学説の脳科学的な説明に魅力を感じている。結局、常識的に考えて、人間は功利的な判断もしているし、直観的な判断もしている。それは脳科学が明らかにするとおりである。だから、身近な人間を守ったりするときは直観主義で、世界の多くの困っている人を助けるときには功利主義、というように、自分がどんな倫理的思考をするかによって両学説を使い分けるのが適切ではないかと思う。