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パワハラについての考察

 パワハラ行為はそれだけ取り出してみると確かに犯罪的な暴力行為である。だが、加害者がパワハラ行為に及ぶまでの経緯や職場の構造に注目してみると、パワハラ行為は加害者の性格だけではなく職場の構造的問題にも由来することが多いように思われる。
 パワハラは、表面上のパワハラ行為、人間関係、職場の構造という三つのレベルで議論することができると思う。まず職場の構造に問題があり、それが上司と部下の関係を悪化させ、最終的にパワハラ行為が起こってしまうという構造である。
 一つの類型として、一人の人間に仕事が集中している職場というものが考えられる。その人がいくら努力しても、つまりいくら残業しても仕事が終わらないという職場である。しかもその職場では仕事の尻が決まっていて、いついつまでに仕事を終わらせなければならないという目標が決まっている場合である。
 そういうとき、その担当者はいくら頑張っても仕事が追い付かず、そこで上司が上手にサポートできればいいのだが、上司にサポートする能力がない場合はただ叱責するだけの上司になってしまう。仕事がなかなか進捗しないため上司は担当者を信用しなくなり、上司と担当者の人間関係が悪化し、罵倒や人格否定などのパワハラ行為が生まれる。
 もう一つの類型として、専門的な仕事について習熟している人間がいない職場というものが考えられる。この場合は、担当者は仕事を覚えるまで時間がかかり、その間にミスも多く、上司もうまくサポートできないため、状況をよく理解できない上司の場合は叱責行為が多くなってしまう。専門的な仕事については担当者の習熟まで長い目で見る必要があるのだが、それだけの理解力のない上司の場合は、担当者を信用しなくなり、上司と担当者の人間関係が悪化し、パワハラ行為が起こってしまう。
 もちろん、どんな職場であっても職場の状況を理解し適宜部下をサポートできる上司がいればパワハラは起こらない。上記の二つの例のように困難を抱えているような職場において上司が上司として未熟な場合パワハラが起こってしまう。
 だが、一番の問題はやはり職場の構造なのである。業務量が多い職場にはそれだけの人員を配置する。一人に業務を集中させない。専門性を要する職場には習熟した職員を必ず一人は置く。このように職場の構造に問題がなければ、たまたま未熟な上司が上に立ったとしてもパワハラは起こらないのである。パワハラは表面上の行為だけ見るのではなく、それを生み出している土台を注視すべきであり、土台を改善すべきである。