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小林正弥『ポジティブ心理学』(講談社選書メチエ)

 

 今の世の中、精神論は軽視される傾向があります。特に若者の世代は精神論をほとんど信じていません。それは精神論が合理的でなく科学的根拠に乏しいのが一因でもありますが、ほかの理由としては精神論があまり楽しいものではないことも挙げられると思います。

 これからの時代、精神論にかわる「心の在り方」として、ポジティブ心理学の知見を有効活用していくべきです。というのも、ポジティブ心理学は精神論よりも科学的であり、基本的に楽しさを重視するものだからです。

 ポジティブ心理学とは、メンタル・ウェルネス(心の幸せ)が心身の健康を導き、学業の成績を向上させ、仕事の業績を向上させる、そういうことを科学的に証明する学問です。ここでは仕事を例にとって、精神論とポジティブ心理学を対比させていきましょう。なお、仕事における精神論者としては、「仕事はつらくて楽しくないけれど、気合や根性で乗り切っていくべきだ」と考えている人を想定することにします。

 ポジティブ心理学にもいろいろな立場がありますが、ここでは、PERMA+Hを重視するモデルを考えます。

 PとはPositive emotionのことで、ポジティブな感情のことです。精神論者はこのポジティブな感情が足りません。仕事いやだなあとか楽しくないなあと思っていて仕事についてネガティブな感情を抱いています。そうではなく、仕事を楽しいと思えること、仕事についてポジティブな感情を抱くことがよい結果を導きます。

 EとはEngagementのことで、熱心な参与・従事、熱中する没頭・没入のことです。精神論者は仕事に没入することができません。仕事がいやだからです。そうではなくて、仕事の楽しさを見出しそこに没入していくということ、それがウェルビーイングを導き、良い結果を導きます。

 RとはRelationshipのことで、人間関係のことです。精神論者は、自分が根性が足りないとみなした人間のことを叱責したりして人間関係や信頼関係を悪化させます。パワハラなどがいい例で、職場のウェルビーイングを低下させ職場の業績を低下させる最悪な行為です。そうではなく、常々相手を尊重して良好な関係と信頼関係を築くことがよい結果を導きます。

 MとはMeaningのことで、意義・意味のことです。精神論者は仕事の意味について考えることがほとんどありません。与えられたことだから仕方なくこなしていくのが精神論者です。そうではなくて、自分の仕事にはどういう意義があるか自分なりに考えて自分の意見を持つことが仕事を意味のあるものとし良い結果を導きます。

 AとはAccomplishmentのことで、達成のことです。この点についてのみ、精神論者は頑張ろうとします。とにかく気合を入れて頑張って達成するんだ、と意気込みます。ところが、この達成に至るには、他のポジティブ要素を具備していないとなかなか容易ではありません。他の点についてネガティブだと、精神論者が目的とする達成がより困難になるのです。そうではなく、様々な点でポジティブな要素を具備し、どんどん達成を重ねていくことに喜びを感じることが、さらなる達成を導きます。

 HとはHealthで健康のことです。精神論者はいやいやながら残業したりしてなんて仕事は苦しいんだろうなどと思いつつ仕事をするので、当然気分は落ち込みますし、体の健康も害していきます。そうではなくて、何事にも楽しみを見出し、短時間で効率よく仕事をし、早々と仕事を切り上げ趣味や家庭の充実を重視することにより、良い結果が導かれます。

 ここで登場した精神論者は一つのステレオタイプに過ぎませんが、割とそういう人は職場にいるのではないでしょうか。精神論はもはや時代遅れで科学的にも根拠がなく、ポジティブ心理学からみてもとても良い結果が出せるものではないことがわかります。精神論からポジティブ心理学への切り替えがこれからの時代は重要になってくるでしょう。