社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

職場の構造

 属人的思考から構造的思考へ――問題の真の解決のためにはこのような思考様式の転換が必要です。理由としては、一つには人を変えるのは難しいけれど構造を変えるのは比較的容易であること、そして問題の原因をさかのぼるとその人自身の問題ではなく場の構造の問題に帰着するケースが多いこと、が挙げられます。

 近年Googleが「プロジェクト・アリストテレス」というプロジェクトで、職場の生産性を向上させるのは、チームのメンバーの能力でも働き方でもなく、他者への心遣いやどのような気づきも安心して発言できる職場の雰囲気であるという研究結果を出したことを知っている人は多いと思います。そのような場の雰囲気のことを「心理的安全性」と言い、最近この言葉をいろんな本で目にすることも多くなりました。心理的安全性の議論でも職場の構造に注目されており、メンバー個人の資質はむしろ生産性とは無関係とされています。ここにも属人的思考から構造的思考への転換が見られます。

 そして、現代日本に目を向けると、職場の多くの問題は無駄な仕事の多さと人員不足から生じていることが観測されます。事務仕事の増大で無駄な仕事が増えたのは、デヴィッド・グレーバーが著書『ブルシット・ジョブ』で痛烈に批判しているのをご存じの方も多いと思います。そして、仕事が増大しているのに人員は増えない。そうすると何が起きるか。

 まず、仕事からゆとりが失われます。ゆとりを持って対応すれば楽しいはずの仕事も、量に追われてあくせくしながらやっていると苦痛になってきます。本来楽しいはずであった仕事が途端につまらなくなります。労働から楽しみが失われるのです。

 次に残業が増えます。残業は少子化を加速させ、健康を失わせ、業務効率を下げます。だから多くの欧米先進諸国では残業は法的に禁止されています。日本はまだそこに追い付いていないのでいまだに残業しています。残業していると気持ちが暗くなり、イライラしたりして職場の雰囲気を悪化させ、周りの人たちの心理的安全性を下げてチームの生産性を下げます。

 さらに、ミスが増えます。忙しいと手のかかる仕事に時間をかけている余裕がなくなります。そうすると手のかかる案件が放置されたりするし、また作業効率や注意力が下がるため凡ミスも増えます。

 職場において、その人がどういう人であるかは二次的な問題です。それよりも場の雰囲気を良くして心理的安全性を確保することが大事です。だから、細かいミスにいちいち腹を立ててメンバーを委縮させるなどあってはなりませんし、ミスなどの原因を個人に帰着させるのは問題の本質を見誤っています。現代日本の職場の構造的な問題点としては、何よりも無駄な仕事が多くその割に人員が不足しているということ、これに尽きると思います。もろもろの問題はそこから派生しており、個人がそれらの問題の原因ではないのです。