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ルーズさに耐える能力

 さて、昨今のご時世では世の中はどんどんルーズになっているように思える。みんながみんなギチギチに頑張ってサービス向上していこうという時代はもう終わった。郵便物の配達が遅くなったことに象徴されるように、いま、世の中はかつての高度経済成長期とは異なる原理に支配されているように思える。

 働き方改革ワークライフバランスなどが唱えられる中、企業などはかつてのような厳格な仕事ぶりから無駄を省き少ない労力で大きい成果を上げる方向へとシフトしている。少子化の解消が叫ばれる中、かつては夜遅くまで残業していたような層の人たちが、仕事を早く切り上げて育児に勤しんでいる。

 ところが人間の生き方はそんなに急には変えられない。特に、日本の受験システムに過剰適応して何事もきちんと高い完成度でこなさないと気が済まないという人はいまだに多いだろう。

 ここで少しエピソードを開陳するが、私が今仕事で配属されているチームは、業務量のわりに人員不足で、精一杯頑張っても仕事をまともにこなすことができないチームである。期限に遅れることはしょっちゅうだし、高い完成度の仕事もそれほど期待できない。だがこれは構造がそうなっているのでどうしようもないのである。このチームではルーズに仕事をするしかないのだが、それまで何事もまじめに高い完成度でやってきた若い職員二人はそのルーズさに耐えられず心を病んでしまった。受験システムに過剰適応した労働力は、このようなルーズさに耐えられず、逆に非戦力化してしまったのである。本来なら有力な戦力になるはずの人材が、このような構造的にルーズな職場では逆に非戦力化してしまうのだ。

 職場だけではない。人間関係においてもルーズさに耐える能力は必須になっている。相手が電話に出ないとかラインを返さないとか、いちいち目くじらを立てていては今の人間関係は成り立たない。目くじらを立てる人は人間関係に失敗してしまうだろう。最近のご時世、昔だったら重宝されたようなまじめな完璧主義者は逆に社会不適合者となってしまう構造ができつつある。

 今の世の中で必要とされているのは、ルーズさに耐える能力である。なんでも真面目に完璧にやっていく時代はもう終わった。ルーズさの中でいかに泳ぎ渡っていくか、その適応能力が試されている。