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木澤佐登志『ニック・ランドと新反動主義』(星海社新書)

 

  人間たちは、互いに共存共栄し合い、人間という種族の繁栄を期するために日々生活し様々な政治活動を行う。たぶんこれは多くの人たちが生活の前提としている原則のはずであり、人間が互いを害し合ったりそもそも人間の消滅を願ったりということは多くの場合前提とされていない。何よりも政治的な意思決定は人間の共存共栄・繁栄に向けて決定される。

 だが、木澤佐登志『ニック・ランドと新反動主義』によると、最近の情報技術の発展を背景として、そういった前提をくつがえすような思想が生まれているようだ。例えばピーター・ティールは国家や政治や競争から「イグジット」、つまり荒廃した弱肉強食の世界から主権ある個人が超越し、それらを統べる支配者になることを志向している。競争を避け独占を目指し、新世界の空白地帯に王国を築き上げることを目指している。また、ニック・ランドは既存の秩序と人間性を保守しようとするあらゆる体制やイデオロギーを批判し、人間を乗り越えようとしている。未来から侵入してくるシンギュラリティが国家・民主主義・ヒューマニズムといった近代的秩序を熱的死に至らしめることを予言している。

 新反動主義と呼ばれるこれらの思想的な動きは、平凡な庶民たちが助け合おうという我々の通念に反し、強者によるサイバー空間を利用した独裁を掲げ、また人間という種族の繁栄を願うという政治の大原則に反し、そもそも人間なき世界の到来を予言し待望する。いずれも情報技術の発展に伴い生まれた思想であるが、我々の自然的な情愛や幸福意識からするとダークな思想と映らざるを得ない。人間の不幸や不平等、そういうものを志向する悪の思想、そういうものが生まれつつある。いまだこれらの思想には現実性が乏しいとしても、近いうちには現実性を帯びてくるかもしれない。その時私たちは根底的なパラダイムシフトを強いられるだろう。