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ジグムント・バウマン『近代とホロコースト』(ちくま学芸文庫)

 

 近代がホロコーストを生み出すとするバウマンの主著。ホロコーストは文明の代表するものの集大成であり、愛すべき近代社会の別の顔である。ホロコーストは、思想と行動を経済性と効率性に従属させ、正当な官僚的手続きや正確な定義、細かな官僚的規制、法の順守を重視する近代官僚制によって生み出された。また、ホロコーストにおいてはユダヤ人の殺害は殺害を実行するものから距離を置いて行われた。近代においては行為とその結果の物理的・心理的距離が生み出されるため、それが道徳的抑止力を停止させた。犠牲者の人間性は不可視にされたのである。近代はホロコーストを生み出した必要条件である。

 本書はホロコーストという歴史の特異点を、単なる特異点とはみなさず、近代社会の合理的帰結としてとらえている。ドイツ民族の特殊性やユダヤ民族の特殊性といった問題よりも、何よりも近代社会の諸条件がホロコーストを可能にしたことに注目するのである。一種の近代批判ではあるが、このような主張は相当な議論を生んだのではないかと思われる。近代推進派の人にとっては頭の痛くなるような指摘であり、何とかして論破しなければならない論点である。非常に論争的で面白かった。