社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

鈴木大介『ネット右翼になった父』(講談社現代新書)

 晩年ネット右翼に近い言動をとっていた父の実像に迫っていくルポルタージュ。著者の父親は、がんで亡くなる前の晩年、①嫌中嫌韓、②社会的弱者への無理解、③伝統的家族への回帰、性的多様性への無理解、④ミソジニー、⑤排外主義、ととられる発言をしており、それによって著者と分断が生じていた。だが、父親の実像に迫っていくと、そういったネット右翼の定食メニューに回収されない父親の実像が見えてくる。①父親はネット右翼でも保守でもなく、自身の好奇心に従ってなんでも取り入れるパーソナリティーを備えていた、②父親は流行が嫌いで、むしろ左翼を嫌っていた、③嫌韓については、リアルに働く中での実感に基づくもの、④高齢になって価値観のブラッシュアップができなくなった、などである。

 本書は、一見ネット右翼と思われる人間が実は全く異なるタイプの人間であったことを検証している。人間の性格は多様であり、それは多様なバックグラウンドによるものだが、一見ラベリングできそうな人間でも検証していくと実像は異なるということはよくありそうだ。この本は人間理解の書であり、単なるラベリングを超えた人間との真摯な対面であり、また家族の分断を乗り越える物語だ。人間をラベリングするのは簡単だが、実際はそのラベルとは異なっていることはよくあることである。その作業を怠らないことが大事だ。他人を勝手に悪者に仕立て上げて批判するのは簡単であるが、他人の複雑性と向き合うことは限りなく重要である。