社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

本村凌二『多神教と一神教』(岩波新書)

 

多神教と一神教―古代地中海世界の宗教ドラマ (岩波新書)

多神教と一神教―古代地中海世界の宗教ドラマ (岩波新書)

 

 本書は、古代において多神教から一神教へと人々の精神が変遷していった過程を描いている。また、古代における神々事情もよく分かる有益な本である。

  古代メソポタミアの人々にとって、人間の生は有限で、生あるうちに人生を楽しむべきとされ、数々の神々も人間の現世に影響を与えるものとされた。

 それに対して古代エジプトの民は来世信仰を持っていた。それは不毛の砂漠やナイル川の氾濫が、エジプトの民に死を強く意識させたためかもしれない。

 さらに、エジプトの王アクエンアテンは、アテン神に対する信仰という一神教革命を断行した。この一神教革命は、反対勢力を駆逐するという政治的な策略とも読めるが、抑圧された民があまねく光を降り注ぐ唯一の神に救いを感じたという面もあっただろう。

 また、アルファベットが普及していく流れと一神教への流れは、一つのものへと物事を統一していく流れとしてパラレルだったとも考えられる。

 イスラエルの民は苦難の中で唯一神ヤハウェと契約を交わした。それは永遠の義務を負うと同時に抑圧と差別からの解放を約束するものであった。

 ギリシアやローマの多神教の時代を経て、いよいよキリスト教一神教の時代に入る。かつて、神々は人々にいつも語りかけていた。人々はその声を聴いていたのである。ところが、文字の普及によって、人間は聴覚優位ではなく視覚優位になってしまった。また、当時は小さな国家の争いが絶えない危機と抑圧の時代で、人々は神に絶望していた。そこで、人々にはもはや神の声が聞こえなくなってしまったのである。神格は人間の手の届かない超越した存在になり、一神教が確立した。

 一神教の成立には謎が多い。歴史的・宗教的事件であるが故に、科学的にその成立を説明することは困難だが、あれこれと仮説を立てるのは面白く、それは歴史学というものが批評に似た営為であるということを証し立てるだろう。本書における著者の仮説も十分に面白いものであった。