社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

今村仁司『抗争する人間』(講談社選書メチエ)

 

抗争する人間(ホモ・ポレミクス) (講談社選書メチエ)

抗争する人間(ホモ・ポレミクス) (講談社選書メチエ)

 

  社会に常々発生している抗争を根本から考えている本。人間は他者からの承認を求める虚栄心に駆り立てられる欲望の主体であり、そこから抗争や排除が生じる。人間の現実存在は基礎的に書字的(線を引くもの)であり、その書字的暴力から文字も貨幣も生まれた。

 共同体というものは常に他の共同体から自らを差異化しようとしており、そのために戦争が起こる。

 統治機構の成立により人間が平等になったとしても、必ずしも人間は幸福にはならず、倦怠に襲われて再び抗争を繰り返すかもしれない。人間は平等への欲求と差別化の欲求に常に突き動かされるからである。そんな中、肩書などの世俗的生存様式に自足せず、その世俗性に基づく差別と抑圧と暴力を超越する「覚醒倫理」が要求されるだろう。

 本書は人間社会の避けることのできない抗争や暴力について、その根源から解き明かした書物であり、様々な含蓄を含んでいる。「覚醒倫理」なる解決策はいささか理想的過ぎるかもしれないが、自分たちが日ごろいかに世俗的な物事に汲々として無駄な心労を費やしているかを考えると、何か倫理的な転回が必要なのではないかとも思えてくる。

今村仁司『交易する人間』(講談社学術文庫)

 

  人間の付き合いをは相互行為であり、「交易」である。交易によって人はモノと観念を互いに移動させ、交易を連鎖させながら制度を作り上げていく。本書はその贈与と交換の社会哲学である。
 贈与体制が崩壊することで近代世界が生まれ、私的所有体制の一元化が生じた。資本主義の発生である。資本主義の発生により、相互扶助や客人歓待といったモラルが破壊され、自己関心=自己利益の極大化、功利主義的原理が席巻する。共同所有、人格的所有など、所有類型の組み合わせが求められる。
 本書は社会的人間を根源的に哲学する大変興味深い書物であり、近代の産物としての資本主義体制への批判にもなっている。社会哲学の本の紹介を頼まれたら真っ先に紹介する本だと思う。ここに社会哲学のイロハがあると思う。

加藤晴久『ブルデュー 闘う知識人』(講談社選書メチエ)

 

ブルデュー 闘う知識人 (講談社選書メチエ)

ブルデュー 闘う知識人 (講談社選書メチエ)

 

  現代の社会学者として注目度の高いブルデューへの入門書。批判的知識人として、現実を直視し、チームワークを重んじ、何か役に立つことをしようとしていた。教育改革など政治に対する発言も積極的に行った。彼の理論的なタームは後代に影響を与えた。

 「ハビトゥス」:知覚し評価する仕方、行動する仕方。子供が家庭環境などで獲得するのが一次ハビトゥスで、学校や職場などで獲得するのが二次ハビトゥスである。

 「資本」:経済資本、文化資本、社会資本、象徴資本がある。経済資本は経済力。文化資本は学歴・教養など。社会資本は個人や集団が持っている諸社会関係の総体。象徴資本は人が持つ資本の権力性を正当と認めたときのその社会的重要性。

 「界」:社会空間が分化してできる、相対的に自立した空間。

 ブルデューは理論も実践もともにこなした巨大な知識人であることがよく分かった。その背景にはサルトルフーコーなどの知識人像もあったようだ。理論的にも、特に真新しいものだとは思わないが、重要な概念を適切に分類していて大変参考になるものだった。これから原典に当たっていきたい。 

森嶋通夫『イギリスと日本』(岩波新書)

 

イギリスと日本―その教育と経済 (岩波新書 黄版 29)

イギリスと日本―その教育と経済 (岩波新書 黄版 29)

 

  主にイギリスの経済と教育について紹介した本。イギリスは失業率が高い、貯蓄性向が高い、それほど階級国家でもない、イギリス人は新し物好きで他人に干渉しない、などイギリスの特徴を述べたうえで、中等教育と大学について多くの紙幅を割いている。

 イギリスでは教育課程が複線的で、勉強に向かない人は早く職に就くことができる。大学進学率はそれほど高くなく、大学もどの大学に入ったかよりもどれだけ資格試験に合格しているかの方が評価される。

 少し古い本ではあるが、これまであまり知らなかったイギリスの特徴や制度を知ることができて、非常に得るものが大きかった。イギリスで実際に大学教授をやっていた人の話だから説得力がある。ところどころに挿入される実体験に基づくエピソードも面白い。イギリスのことを知りたいときにはこの本はとてもオススメ。

 

飯田洋介『ビスマルク』(中公新書)

 

ビスマルク - ドイツ帝国を築いた政治外交術 (中公新書)
 

  生い立ちから始まり、外交官からプロイセン首相、北ドイツ帝国宰相、ドイツ帝国宰相と歩んでいく道筋と、それぞれのキャリアにおいて振るった内政外交の手腕について丁寧に追っている本。

 ビスマルクは外交術に優れており、それぞれの政治状況に応じて臨機応変に、関係国に領土を与えたり同盟を提案したりして、自国の最大の利益を模索した。

 ビスマルクプロイセン君主主義を奉じ、自らの権益を守るためにも、伝統的なスタイルにこだわるユンカー政治家だった。「大プロイセン」として北ドイツにプロイセンの覇権を確立するのが目標だった。普墺戦争勝利後、ナショナリズムの力を借りて、プロイセンの覇権は確立した。だから、ドイツ帝国は、伝統的なプロイセン主義と全く新しいドイツナショナリズムの融合であった。

 本書はビスマルクの生涯と功績、また負の側面を追いながら、自己愛をプロイセン愛に同一化した保守主義政治家が、その巧みな外交術を行使することと外的な要因から、ドイツナショナリズムと不本意ながら手を組んでしまったり、領土付与という基本的な外交術から同盟という手法に鞍替えしたり、意想外な展開を見せていく筋を追ったものである。だが、この一筋縄でいかない政治外交術は、かれの外交的手腕の巧みさが生み出したものだと思われる。外交術における臨機応変さが彼の原理主義的なポリシーに打ち勝ったのだ。政治家の理念というものが現実の前でいかに可塑的にならざるを得ないかよくわかる。