社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

御厨貴『公共政策』(放送大学教育振興会)

 

公共政策 (放送大学大学院教材)

公共政策 (放送大学大学院教材)

 

  本書は公共政策の体系書ではない。だからこの本に総論はないし、いきなり各論を様々な執筆者に書かせている。だから、公共政策で何が問題になっているのかを具体的かつ直接的に知ることができる。

 本書が扱っているのは、安全安心論、開発政治論、国土計画論、地方自治論、政治主導論、震災復興論、社会保障論、政策立案論、などであり、公共政策のトピックを幅広く覆っている。それぞれの各論については各論の総論といった具合で、偏りなく教科書的な記述が用いられている。

 この本を読むと、いきなり公共政策の現場に連れていかれるのでなかなかスリリングだった。公共政策については体系書もだいぶ出ているし新書も出ているので、そちらの方も読んでいきたい。ゆくゆくは専門書も。こういう構成の教科書があることにひとまず驚いた。

用地職員の仕事

 用地職員の仕事は風景に始まり風景に終わる。これから工事を施工しようとする現場の土地を踏査することから始まり、工事が完了した後の土地を検査することで終わる。工事施工前の現場の風景を見ることから始まり、工事施工後の現場の風景を見ることで終わる。
 用地職員の仕事はきわめて具体的だ。ただ数値化され画像化された情報を処理するだけの仕事ではない。そこには全感覚に訴えてくる土地の状況があるし、実際に買収する土地に行く際の具体的な経路があるし、地権者との用地交渉において地権者は具体的な人間として現れてくるし、工事の各施工段階の土地の具体的な姿がある。用地職員は単に情報を扱うのではなく、そのような具体的な経験を扱うのである。
 用地職員の仕事はそのように具体的でありながらきわめて論理的だ。土地を買収する際の定まった手続き、根拠法令、契約条項、経理的な処理など、すべて論理的体系的に定められた仕事を行う。そのような論理の厳密な定めに従いながらも、具体的な現実を処理するために適切な裁量を行使するのである。例えば土地の価格決定の落としどころはどこか、地権者にどこまで詳しく説明するか、契約の柔軟な解釈などである。
 ここには法適用の現実的な事例が現れる。具体的な事実を定まった論理にどのように当てはめていくか、その際に論理をどのように運用していくか。行政が常々直面している論理と具体との相克が顕著に現れる。
 だが、最終的には用地職員の仕事はやはり具体的なレベルでの達成感によって完結する。例えば自分が買収した土地に道路や構造物が出来上がる、その成果を目をもって確認することができるのである。成果を実感するということ、それも全感覚を持って実感するということ、ここに言いようのない感動があるのだ。用地職員とはこのように論理を携えながらも飽くまで現場で生きる仕事をするのである。

枝廣淳子『地元経済を創りなおす』(岩波新書)

 

  地域の経済を立て直す処方箋を書いた本。

 地域には交付金や外部からの需要によってお金が入ってくる。だが、このお金は例えばエネルギーを地域外から買うことなどによって地域外へと漏れてしまう。この「漏れ穴」を防ぐことにより地域内で経済を循環させ、域内乗数効果を発生させ利益を地域にとどめる必要がある。

 例えば「地消地産」ということで、地元で消費するものは地元で生産するとか、投資をする際には地元の企業に融資している金融機関に投資するとか、あるいは住民自ら公共的な企業の株主になるとか、そのような処方箋が考えられる。

 本書は具体的な数字を上げたりしながら地域の経済の望ましい在り方を説得的に提示していて、たいへん勉強になる。仕組みは難しくないし理屈も難しくない。ただ実際に行動に移すのはそれなりに難しいと思うが、これからどんどんこのように地域を活性化しなければ地域経済は立つゆかなくなる。勉強になった。

末近浩太『イスラーム主義』(岩波新書)

 

イスラーム主義――もう一つの近代を構想する (岩波新書)

イスラーム主義――もう一つの近代を構想する (岩波新書)

 

  イスラーム主義の歴史的ダイナミズムを描いた好著。

 かつてオスマン帝国では政治と宗教が不可分だった。オスマン帝国の崩壊によって、ムスリムたちは政治と宗教の関係について模索するようになった。

 一方では西洋近代の民主主義などを標榜する世俗主義があり、他方ではイスラーム的価値の実現を求めるイスラーム主義がある。帝国の崩壊後、世俗主義独裁政権によりイスラーム主義は抑圧された。イスラーム主義はアラブの春などにより政権を奪回するも、再び世俗主義に政権を奪取される。

 イスラームはもともとムスリム個人の内面の信仰の深化を重視し、それがいずれ社会を良きものとするという漸進的な考えが主流であった。また宗派間の争いを好まず、ジハードをそれほど重視しない。イスラーム国などの過激派はジハード主義と呼ばれ、イスラームの中でも異端に過ぎない。

 本書を読むとイスラーム主義とはどういうもので、それが世界の中で抑圧にさらされながらどういうものを生み出していったか、そのダイナミズムが分かる。イスラームはそもそもテロリズムとは遠い信仰であって、一部のジハード主義者によりイスラーム全体のイメージが悪化しているのは悲劇的である。イスラームが世界においてむしろ抑圧されている被害者であるからこそなおさらである。大変勉強になった。

小川仁志『哲学の最新キーワードを読む』(講談社現代新書)

 

  本書は近年盛んに議論されている12の哲学上のテーマを4領域に分けて簡単に解説している。

(1)感情の知

 ①ポピュリズム 反知性主義ポスト真実(客観的な事実よりも感情的な訴えかけの方が世論形成に大きく影響する状況)により、反多様主義的なリーダーが生まれてしまうこと。

 ②再魔術化 ポスト近代において理性の力が弱まり、人々のよりどころとしてイスラム教などの宗教が活発化すること。

 ③アート・パワー 本来アートは政治的な存在であり、アートの持つ人を動かす力により時代の閉塞状況を打開しようとすること。

(2)モノの知

 ①思弁的実在論 相関主義(物事が人間との相関的な関係のみによって存在するという考え)を徹底すると人間に思考不可能な部分は人間が知り得ず、それゆえ偶然的な出来事が必然的に生じるようになるという考え。

 ②OOO(トリプルオー) あらゆるモノはひきこもっており、相互に関係することはないとする考え。

 ③新しい唯物論 心や精神の根底には物質があるが、心はその物質を把握するにとどまるのではなく、より積極的に物質に関わり、それを救済さえするという考え。

(3)テクノロジーの知

 ①ポスト・シンギュラリティ 近い将来、AIが意識を備え人間を超越する存在となってしまうこと。

 ②フィルターバブル インターネットは我々をつながりすぎた状態に置くと同時に、狭い世界に閉じ込める。もはや我々はインターネットの中に生きている。

 ③超監視社会 我々はアマゾンやフェイスブックなどを利用しながら、逆に自らのプライバシーをそれらの会社に握られてしまっている。サービスを利用することで却って自分が監視されてしまうこと。

(4)共同性の知

 ①ニュー・プラグマティズム アメリカ発の行き詰まりを突破するための思想。物事の真偽や正義は実践によって決定される。

 ②シェアリング・エコノミー 資本主義でも共産主義でもない、ネットワーク型の新しい共生の姿。共有を核としながら中央集権化を忌避する。

 ③効果的な利他主義 私たちは自分にできる「いちばんたくさんのいいこと」をしなければならないという考え。必ずしも公共的な仕事をしなくても、とにかくお金を稼ぎそれを公共部門に寄付するというのもあり。

 本書は現代社会を思想面から照射するものであり、現代社会の抱えている問題が哲学にも否応なく反映されていることを如実に示している。著者は飽くまで公共哲学にすべてを結び付けようとしているが、その試みはむしろ無理があったと言っていい。それでも記述は飽くまで平易でありながら本質を突いており、新書レベルの入門書としては優れているのではないか。もちろん、本書で紹介されている書籍はすべて原典に当たらねばなるまい。