社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

貴戸理恵『「コミュ障」の社会学』(青土社)

 

「コミュ障」の社会学

「コミュ障」の社会学

 

  主に不登校をめぐる社会学的研究。

 コミュ障というものはコミュニケーション障害の略であり、主に学校や企業でその場の輪に溶け込めない状況を指す。コミュ障の人は居場所がないなどの生きづらさを抱えている。

 学校で居場所がないといえば不登校問題がある。これについては不登校を病理とみなす立場から、多様な生き方の一つとみなす立場への転換があり、もはや学校や企業にちゃんと通うということが「正常」でそれができないのが「異常」という考えは取られていない。誰もが生きづらさを抱える現代、不登校はその生きづらさの一つの形態でしかない。

 不登校などコミュ障に苦しむ人たちが、自らの居場所を見出すためにフリースクールなどが発達している。そこでは彼らは当事者として主体的に語り、また他の当事者の声に耳を傾け、対話やアウトプットに励んでいる。それは必ずしも治療を意味せず、学校や企業に復帰することが目的でもない。

 本書はコミュ障についての社会学的研究であるが、内容としては不登校についての研究が大半を占める。学校や企業というところになじめない人たちの生きづらさについての研究である。世の中に居場所がない人たちは一定数いて、そういう人たちを否定するのではなく多様性の一つの形態としてありのまま受容するということ。それは現代社会に必要な態度なのではないか。

藤野寛『「承認」の哲学』(青土社)

 

  アクセル・ホネットの承認論の解説といったところ。

 自己の欲求の実現をはかるとき、その欲求は社会的に他者の影響を受けざるを得ないため、自己実現は純粋な自己の実現ではない。自分自身の欲求と肯定的に向き合うためには他者からの承認が必要なのである。

 社会生活とは、コミュニケーションとは承認をめぐる闘いである。承認には3種類ある。①愛、②人権尊重、③業績評価である。愛とは究極のえこひいきである。人権尊重とは、人々の差異にもかかわらず等しく尊重することである。業績評価とはえこひいきしてはいけないが基準に基づき差をつけねばならない。

 社会から承認を求めるとき、我々はどうしても支配的価値観におもねることになりがちである。だが、我々は支配的価値観を軽蔑しながら生きてもいる。より高度の自律性を人に可能にする承認こそ適切な承認である。

 本書は最近SNSなどでよく問題とされる「承認」を哲学的に取り扱った、ホネットの議論を丁寧に解説したものである。差異あるものを差異あるものとして肯定的に承認していくという基本的な立場は、多様性を増していく現代社会に必須のものであろう。また、コミュニケーションを単なる和解の装置ととらえるのではなく、そこには絶えざる承認をめぐる闘争があるのだと考えるのは現実的である。とにかく、「承認」をめぐる議論を一通り読むことができるのでお薦めの本である。

栗原康『アナキズム』(岩波新書)

 

アナキズム――一丸となってバラバラに生きろ (岩波新書)
 

  あらゆる支配から免れ、生の拡充を目指すアナキズムの思想を紹介。

 ①エコ・アナキズム 人間化された自然を壊す。自然を人間が支配することで経済が発展しその経済権力が支配権を有するようになった。そこから自らを解放する。

 ②アナルコ・キャピタリズム 政府などなくても世の中は市場だけで回せる。

 ③アナルコ・サンディカリズム 資本主義の支配に労働組合で対抗する。

 ④アナルコ・フェミニズム 女性の解放、恋愛の自由、結婚制度の解体

 ⑤アナルコ・コミュニズム 政府なき相互扶助

 本書はアナキズムについて煽情的な独特の文体で書いた本である。アナキズムは一般的に無政府主義と訳されるが、単に政府による支配だけでなく、あらゆるイデオロギーや権威による支配から免れようとする。そこにあるのは、人間の自由で充実した生の躍動である。アナキズムの思想は他の哲学思想とも結びついていきそうである。

ミルチャ・エリアーデ『聖と俗』(法政大学出版局)

 

  宗教とは何か、という本質的な問題に取り組んだ本。

 聖なるものは俗なるものとは異なった神秘的なものとして顕れる。これを聖体示現という。全くの他者、この世ならざる一つの実在がこの自然の俗なる世界に現れるのである。聖なるものとは力であり、実在そのものである。

 宗教的人間にとって空間は均質ではない。聖なる空間と俗なる空間に分かれる。聖なる空間は秩序だっており、宇宙の中心であり、人々は住居や神殿を構えるごとに聖なる空間を作り出してきた。

 宗教的人間にとって時間も均質ではない。聖なる時の期間、祭りの時がある一方、俗なる時間もある。聖なる時間は永遠の現在であり、何度も繰り返されるものである。

 本書は著名な宗教学者であるエリアーデが宗教の本質に迫ったもので、多数の具体例を挙げながら宗教とはどういうものかについて解説がなされている。いわば宗教の普遍理論であり、特定の宗教に偏ったものではない。宗教哲学の基本書であろう。

篠田英朗『ほんとうの憲法』(ちくま新書)

 

ほんとうの憲法: 戦後日本憲法学批判 (ちくま新書 1267)

ほんとうの憲法: 戦後日本憲法学批判 (ちくま新書 1267)

 

  国際協調主義を重視する立場から憲法学の通説を批判する本。

 日本ではドイツ憲法学の系統を踏襲した東大法学部の憲法学が権威を有している。だが、そこで主張される国民主権が国歌を制約するという立憲主義はそもそも憲法の成り立ちからしてそぐわないのではないか。むしろ、日本国憲法アメリ憲法から多大な影響を受けたという歴史的事実、そして不戦条約からも影響を受けたという事実を重視するべきである。

 アメリカ法において、絶対的な主権というものは存在しない。国家は契約で出来上がっており、国民の権利ですら他のモメントから制約を受ける。ここには絶対的な主権など存在せず、それゆえそれに抵抗する人民の主権などというロマンも成立しない。

 また、日本国憲法国連憲章など平和を規定する国際条約の焼き直しに過ぎず、特に新たに平和を宣言したものではない。憲法九条は国際条約を守るという意味しか持たず、それを必要以上に美化することはできない。

 本書は日本憲法学の通説を国際協調主義、そしてアメリカ法からの影響の観点から批判したものである。憲法9条をめぐる議論は錯綜しており、様々な思惑が交錯しているが、そういった憲法をめぐる問題に筋の通った一貫した批判理論を提示している。国民主権はそんなにロマンチックなものでもないし、平和主義もありきたりなものである。日本憲法学の幻想を打ち砕き、歴史と整合的な憲法解釈を示す良書である。