社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

宮崎雅人『地域衰退』(岩波新書)

 

地域衰退 (岩波新書 新赤版 1864)

地域衰退 (岩波新書 新赤版 1864)

  • 作者:宮崎 雅人
  • 発売日: 2021/01/22
  • メディア: 新書
 

  地域衰退の現状と理由、対策についてコンパクトにまとまっている本。

 60~70年代にかけて、農林業など基盤産業が衰退した地域の中で産業の交代が起きなかった地域では、その後人口減少と高齢化が起きた。他方で、大都市や県庁所在地などでは事業所サービス業が新たな基盤産業として発展し、他地域の人々の消費をひきつけ発展している。こうした都市以外では、サービス経済化といっても医療・福祉が中心で他都市へと波及していかない。地域外へ生産物を移出し、地域外から所得を得る基盤産業が衰退した地域が衰退する。地域外から所得を得られる地域が衰退しないのである。

 大都市への人口集中は経済的な合理性はあるが、その弊害も早くから指摘される一方、抜本的な解決策はいつまでも先送りされている。その中で地域は疲弊していき、人口減少や高齢化で悩まされている。地域への分権・分散を抜本的に行う必要性を感じるが、最近では地方暮らしの若者や若者の地方定着志向に注目が集まっている。このデジタル社会においてもはや大都市へ移住する必要はなく、地方へと分散し地域特性を生かしていくことが求められていると感じる。

エリカ・フランツ『権威主義』(白水社)

 

権威主義:独裁政治の歴史と変貌

権威主義:独裁政治の歴史と変貌

 

 民主主義の対極にある独裁制などの権威主義について書かれた体系書。権威主義とは競争的な民主主義が成立していない独裁制などのことである。

 権威主義の主要なアクターは、リーダー、エリート、大衆である。権威主義は貧しい国に多く、豊かな国は民主主義国であることが多い。権威主義のリーダーはなるべく自らの地位に長くとどまろうとする。そのための大衆抑圧やエリートの抱き込みなど、リーダーは様々な手を尽くす。また、権威主義はリーダーによって担われるのではなく、エリートの集団からなる権威主義体制によって担われることもある。権威主義はクーデターにより権力を掌握することが多く、民衆蜂起などは数が少ない。

 最近、民主主義について書かれた本が多く出版されている中、権威主義について体系的に整理された本書の存在意義は大きい。権威主義体制はその不透明性から外部からその内部を把握することが困難ではあるが、それなりの研究の蓄積がある。世界には権威主義の国の数が少なくない。そういった国はこれからますます存在感を増すだろう。かなりの良書だと思う。 

 

 

橋本卓典『非産運用』(講談社現代新書)

 

捨てられる銀行2 非産運用 (講談社現代新書)

捨てられる銀行2 非産運用 (講談社現代新書)

  • 作者:橋本 卓典
  • 発売日: 2017/04/19
  • メディア: 新書
 

  金融庁長官による資産運用改革について述べた本。少子高齢化により、個人の金融資産を着実に増やしていく資産運用こそが成長産業である。だが、資産運用の現場では、銀行が自らの収益最大化のためだけに選んだおすすめ商品を売りつけるという事態が生じている。欧米に比べ日本では手数料獲得のための金融商品が多い。そうではなく、「フィデューシャリー・デューティー」(受託者責任)、真に顧客本位の業務運営が必要である。この基本原則により金融庁長官は改革を断行していく。

 私は投資の経験がなく、金融商品も買ったことがないのだが、確かに日本は貯蓄率が異様に高く、せっかくの資産を十分運用できていないと感じる。多少のリスクがあってもリターンがあったほうが好ましいには違いない。日本では資産運用に関する意識が立ち遅れていて、それが経済成長を鈍化させているとするならば、資産運用はぜひともやってみたいことの一つだ。だが、その現場においてはフィデューシャリー・デューティーが必須なことは言うまでもないだろう。私は銀行に「売られたい」わけではないのだ。手数料獲得のために顧客をないがしろにする銀行は淘汰されていくのであろう。

クリスティーン・ポラス『シンク・シビリティ』(東洋経済新報社)

 

  私は職場の若手にしばしば機会があるときに、「やられて嫌だったことは下の人間にやらず自分のところで止める。その代わりやってもらってうれしかったことは自分も下の人間にやる」ように話すことがある。よくない伝統は受け継がない。よい伝統だけ残すということだ。

 クリスティーン・ポラス『シンク・シビリティ』(東洋経済新報社)はこの辺りの事情を扱っている。同書は組織における礼節の大切さを語る。礼節とは笑顔を保つこと、他人を尊重すること、他人の話に耳を傾けることだ。礼節のある行動は他人のモチベーションを引き出し、また他人にも伝染し、組織全体の業績を上げる。逆に無礼な行動は他人の業績を阻害し、また他人にも伝染し、組織全体の業績を下げる。礼節のある職員を評価するシステムの構築や、無礼な職員を教育し、教育しても改善がないようだったら退職してもらうシステムの構築についても書かれている。いずれにせよ、同書はこれまでに蓄積された経営学の科学的知見を総動員して書かれている。

 確かに組織において出世する人間、エリートには礼節を大切にしている人が多い。反対に無礼な人は組織において出世することが少ない。これは私の知っている範囲でも観測できる。組織は一定の結果を出すために最大限効率を上げていくものであるから、効率を下げるような無礼な職員は組織にとって邪魔でしかないし、逆に効率を上げる礼節のある職員はぜひとも組織で活躍してほしい存在である。

 そして何よりも礼節・無礼はどちらも伝染しやすいという事実が重要だ。無礼な行為を受けると自らもつい無礼な行為に導かれてしまいがちだ。そこをぐっと押しとどめて無礼な行為には感染しない努力が必要だ。逆に礼節のある行為には進んで感染していく心構えが必要だ。繰り返すが、悪い伝統は受け継がず、良い伝統だけ残していくのである。