社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

藤田・宮野『性』(ナカニシヤ出版)

 

性 (愛・性・家族の哲学 第2巻)

性 (愛・性・家族の哲学 第2巻)

 

  性をめぐる初心者向けの論文集。

文化人類学の観点から性の多様性について論じる宮岡論文。

LGBT当事者へのインタビュー。

③エンハンスメントとしての美容整形について論じる佐藤論文。

④脳の性差について論じる筒井論文。

⑤ピルについての紹介と議論を行う相澤論文。

フロイトラカンの問題系から恋愛の哲学を講じる古賀論文。

 シリーズ「愛・性・家族の哲学」第二弾としての本書は、性についての多様な論文を収める。性というものについての何らかの体系を示すというよりは、性をめぐって多様な軌道を旋回するかのようだ。LGBTの話は予想していたが、美容整形やピルについての論文は予想していなかった。最後の古賀論文が一番哲学的でよく練られていたと思う。

矢内原忠雄『日本精神と平和国家』(岩波新書)

 

日本精神と平和国家 (岩波新書 赤版 100)

日本精神と平和国家 (岩波新書 赤版 100)

 

  終戦後の矢内原の伝道活動としての講演を二本収録している。

本居宣長の系譜を継ぐ日本主義者は、神の世界を正邪善悪混合する人間社会のようなものととらえ、神を人格的な絶対者として捉えない憾みがある。日本主義者は人間や社会についても現状是認的で、道徳の理想を唱えたり観念を掲げたりしない。ところが、人間の人格的完成や理想社会としての神の国を待望するのが日本をよりよくすることにつながるのである。

②平和国家の建設についても、それを損得の問題とせず、カントが唱えるように義務の問題、理念の問題としてとらえるべきである。平和国家を担う国民をつくるためには、教育によって真理を愛する個を立て、平和人をつくる必要がある。心理を愛し、神を畏れ、平和人として平和国家の理想を追求することが国際平和を導く。

 本書は矢内原忠雄の講演を二本収録しているが、どちらもとても読みやすく、また矢内原の思想を凝縮している。安易な現実肯定論ではなくあくまで理念・理想を尊ぶこと。そのことにより国の再興や平和の実現をもたらすこと。その根拠として絶対的な神へと帰依すること。神学と政治学が切り結ぶこのあたりの論点はとても面白いと思う。このような時代がかつてあったし、これからまた来るかもしれない。

畑仲哲雄『地域ジャーナリズム』(勁草書房)

 

地域ジャーナリズム: コミュニティとメディアを結びなおす

地域ジャーナリズム: コミュニティとメディアを結びなおす

 

  地域紙がNPOとコラボすることにより新聞の新たな可能性を開いた事例を検証する本。

 上越地方で、地域に根差した新聞がその紙面の一部をNPOに開放したところ、新聞の売り上げも上がり、NPOも情報発信できるというウィンウィンの関係が築けた。新聞としては客観中立なジャーナリズムからより地域に寄り添う形になり、また自らの編集権の一部をNPOに譲渡するという厳しい決断だった。

 このような協働が成立した理由としては、新聞社が経営危機に陥り経営改善策を模索していて、NPOも設立間もなくコミュニケーション手段を必要とし、新聞社の経営者とNPOの理事長が同一人物で両組織を架橋した、というものが挙げられる。

 本書は博士論文を出版したものだと思われる。それゆえ、構成が丁寧で情報量も多く、いかにも論文然としたものだ。だがそれだけに地域紙とNPOのコラボというものを様々な角度から照射していて、そこから立ち上がってくるジャーナリズムの新たな可能性は面白い。読みごたえがあった。

佐藤卓己『流言のメディア史』(岩波新書)

 

流言のメディア史 (岩波新書)

流言のメディア史 (岩波新書)

 

  デマについてメディア史の観点から概観し、デマへ向き合う態度を提言する本。

 火星人来襲のデマ、関東大震災後の朝鮮人に関するデマ、二・二六事件に関するデマ、戦時中・戦後期の流言、ビキニ水爆実験後の風評被害など、これまでの歴史の中で多数の流言が流されてきた。

 だが、メディア流言はなくなることがない。なぜなら、それは社会変動に伴い人々が不安の解消を求めて行うコミュニケーションの所産だからだ。そして、正しさや真実をことさらに追及することにはそれほど重要性がなく、正しさよりも効果的であるかどうかがコミュニケーションにとっては重要だったりする。

 流言はあいまいな状況に共に巻き込まれた人々が自分たちの知識を寄せ集めてその状況を有意に解釈するコミュニケーションであり、情報構築なのである。だから、現代のメディア・リテラシーとはあいまい情報に耐える力である。

 本書は新書ではあるがかなり重厚に構築されたメディア史であり、流言という観点から見た20世紀日本、という感じである。流言の事例が一つ一つ丁寧に説明されていく中で、いかにそれらが人々の不安やストレスによって生み出されたか描かれていく。確かに唯一の真実や絶対的な正しさなどこれからの情報社会では望むべくもなく、あいまいな情報をいかに活用するかに重点が置かれていくであろう。

中原・溝上『活躍する組織人の探求』(東京大学出版会)

 

  どのような大学生活を送った人が就職後成功するかについて実証的に検証した本。

 大学生活や就職活動、最初の配属先で成功を収めている人は、大学生活を「豊かな人間関係」重視で過ごしていることが多い。課外活動・対人関係を重視しつつ、大学の授業や勉強も怠らず、正課内・正課外活動のバランスが取れている人である。そして、単に人間関係を重視するだけでなく、異質な他者との接点を多く持っていることが重要である。

 また、キャリア意識を早い時期から持ち、主体的な学習態度を持つことが、組織社会化を促進し、熱意のある革新的な社員へと成長していくことにつながることも分かった。

 本書は、大学時代の意識や行動が就職後のその人の成長に寄与していることを実証している本であり、大変面白い。結局は、主体的に学び他者と触れ合っている人が仕事でも活躍するわけであり、これは人材の採用に当たっても参考となるべきものである。ただ、近年は豊かな人間関係を築く大学生が減っているとのこと、危惧される。