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社会科学関係の書籍を紹介

植村和秀『ナショナリズム入門』(講談社現代新書)

 

ナショナリズム入門 (講談社現代新書)

ナショナリズム入門 (講談社現代新書)

  • 作者:植村 和秀
  • 発売日: 2014/05/16
  • メディア: 新書
 

  本書はナショナリズムを定義づけたうえで、そのダイナミズムを世界各国の具体例を通して説明している。ナショナリズムとは、まとまった土地を確保しそこに歴史を積み重ね他者からの認知をを獲得して形成されたネーションへのこだわりである。ネーションの形成の仕方には、人間集団単位と地域単位があり、人間集団単位でネーションを形成すると地域が分断され、地域単位でネーションを形成すると人間集団が分断されるなどの困難さが生じる。

 本書は多数の国家のネーション形成の歴史を追うことによってネーション形成の多様性を示しているが、確かに一つの国を作り上げるということはとてつもなく複雑で困難なことなのだと思う。ナショナリズム間の争いなどについても簡単に触れられてはいるが、基本的には人間集団単位と地域単位のネーション形成のせめぎあいについて多くの紙幅が割かれている。ナショナリズムを基本から理解するのに適した本だと思う。

佐々木毅『アメリカの保守とリベラル』(講談社学術文庫)

 

  本書はアメリカの保守とリベラルの対立、またその対立の乗り越えについて論じた基本的文献である。小さな政府を志向し、カトリック道徳に忠実な保守と、大きな政府を志向し、弱者の救済を図るリベラル。アメリカではこの二つのイデオロギーが、政党レベルでは共和党民主党という形で対立してきた。お互い様々な観点から批判の応酬を繰り返す。リベラリズムはプラグマティックな傾向が強い現実重視のネオ・リベラリズムに発展する。また、冷戦後の新しい世界秩序に対応して、政府か市場かという対立よりも東アジアの重商主義的資本主義や西欧の社会民主主義的資本主義とアメリカは対立するようになったなどと論じられるようになった。保守かリベラルかというよりは第三の道が探られている。

 アメリカは割と政権交代が頻繁な国であり、保守とリベラルは互いに拮抗しているが、単なるイデオロギー闘争に終わるのではなく、より現実主義的で臨機応変な立場へと変化していくのが望ましいであろう。世界情勢に対応した、対立を超克した立場へと変貌していき、世界への影響力を先端的な現実認識によって取り戻してほしい。本書は保守とリベラルについての基本書的位置づけにあり、まずはこれを読んでおくというところだろうか。

パオロ・ジョルダーノ『コロナの時代の僕ら』(早川書房)

 

コロナの時代の僕ら

コロナの時代の僕ら

 

  本書の著者はイタリアの作家であり素粒子物理学者でもある。それゆえ、このエッセイには多分に科学者としての知見が盛り込まれており、作家のエッセイというよりは科学者のエッセイと言った方がいいかもしれない。

 自然界における数の推移というのは比例という線的なものではなく、オーバーシュートに見られるような指数関数的・非線形のものが多い。そして、今の状況は人々がビリヤードの球になって、感染者がほかの球に当たることにより新たな感染者を生み出すような状況であり、この密度を下げるしか方策がない。今回のコロナ禍が明らかにしたものは、我々は人々とのかかわりの中で生きているということ、そして世界とのかかわりの中で生きているということ、さらには地球という生態系とのかかわりの中で生きているということだ。などなど。

 本書はコロナについて本質的な洞察を与えてくれる本であり、それは著者の科学者としてのキャリアが可能にしているのだと思う。それであると同時に、著者が刻々と変化する状況に翻弄されているさまも見えてくる。だがあくまで著者は冷静だ。あれだけ感染が拡大したイタリアでここまで冷静でいられるのは素晴らしいし、それは確固たる知識の裏付けがあったからだろう。

谷口・宍戸『デジタル・デモクラシーがやってくる!』(中央公論新社)

 

  本書は、情報技術が政治にどのような影響を与えるかについて最新の知見を与えてくれる。本書では①政治に関する情報流通の変化、②民主政治における新しい合意形成の仕組み、③政治制度のアップデート、について議論がなされている。

 SNSの発達により、個人は自ら好む情報により多く接するようになり(フィルターバブル)、またフェイクニュースの危険にさらされている。一方で政党ではメディアの情報を分析することで政策形成に生かしている。また、情報技術を用いた熟議民主主義が期待されており、情報を得たうえで討議を踏まえて世論を形成することが期待されている。情報技術を用いて、例えば議会を電子化し、公開性を向上し人々の参加を促進する試みが他国ではなされており、議会のモバイルアプリで陳情や請願をできる国もある。また、選挙もインターネット投票などの可能性が期待されている。

 情報技術は確実に政治の在り方を変えるだろう。日本はまだ技術革新には至っていないが、諸外国では公開性や効率性を高めるための工夫が様々になされている。一方で、情報技術が発達することが必ずしも政治を良い方向に導くとは限らない。フィルターバブルによっていっそう分断が加速している現実はそれを裏付けている。だが、最近注目されている熟議民主主義を成功させるプラットフォームとして情報技術は期待できる。

上村忠男『アガンベン《ホモ・サケル》の思想』(講談社選書メチエ)

 

  本書は、イタリアの哲学者であるアガンベンの思想を紹介している。フーコーの「生政治」の思想を継承したうえで、それを「ホモ・サケル」という「むき出しの生」の方向へと発展させている。アガンベンは、近代における政治の特徴は、もともとは法的・政治的共同体の欄外・余白に位置していた「むき出しの生」の空間が次第に政治の空間そのものと一致するようになり、排除と包含、外部と内部、ビオスとゾーエー、法権利と事実の間の区別が定かでない不分明地帯ーー「閾」に突入するに至った事実であると述べている。アガンベンの思想の特徴は、このように対立する二項が相互に嵌入し合い相互の区別が不分明となる「閾」を問題の集約点と考え、そこに立脚しながら思考を展開するところにある。

 アガンベンについての書物は初めて読むが、かなり思弁色の強い本のように思えた。現実がどうなっているかという問題意識よりは、現実をどう構成できるかという批評的な問題意識で「ホモ・サケル」のプロジェクトは推進されていったのだろう。ものの考え方の点では非常に参考になるが、何か新たな知識を得るような本ではない。これが政治哲学というものであろう。