社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

斎藤幸平『人新世の「資本論」』(集英社新書)

 

  気候変動の時代に人類が生き残るために資本主義では限界があることを主張。資本主義というのは犠牲のシステムであり、たえず外部に不経済を発生させることで成長する。外部とはグローバルサウスであり、そこには必ず南北問題が存在する。グローバルサウスが消滅した後、外部不経済はもろに先進国内部へと流れ込む。

 だから資本主義の枠内でいかに持続可能性をうたったところで気候変動を止めることはできない。SDGsもグリーンニューディールもしょせんは資本主義の成長神話のもとでなされている主張であり、それでは来るべき気候崩壊を止めることはできない。

 そこで参照されるべきは後期マルクスであり、脱成長、コミュニティの重視などが重要である。なかでも、商品の生み出す「価値」ではなく、その有用性である「使用価値」を重視することが大事である。経済の流れで生み出される価値ではなく、モノやサービスそのものの価値を重視するのが大事だ。だから、エッセンシャルワーカーの価値こそが大事なのである。

 本書は気候変動という人類が直面している大きな危機に対して脱成長という処方箋を提示している。議論は丁寧であり、文体も怜悧である。だが、ここには実践的な側面についての具体的記述は欠けている。理屈としてはそうかもしれないが現実にそれは実現可能なのかと問われるとかなり厳しいと思う。社会を変える方法こそが待たれているのではないか。

ケアというプロジェクト

 妻の妊娠がわかってから1年がたつ。次々とやってくる新しい出来事を駆け抜けた一年だった。経験したことのない課題を一つ一つクリアしていくなんともスリリングな一年だった。これはひとつのケアというプロジェクトなのだと思う。

 妊娠している妻は体調がそれほどよろしくない。妻の体調を気遣い、それを通して胎児にも気遣う。妊娠も後期になってくると胎動がわかるようになってくる。私は妻のおなかに妊娠線ケアクリームを塗りながら、おなかの赤ん坊に声をかけたりした。ケアは身体を介したコミュニケーションだ。

 妻が出産して子供に面会に行ったとき、妻は話し相手がいなかったせいか非常に饒舌に出産の顛末を語ってくれた。私はそれをひたすら聞いて共感した。このように傾聴するということは重要なケアでありコミュニケーションであると思う。

 そして、今は育児をしている。赤ん坊はとても理不尽な存在であり、日々新しいことの発見があり、育てる親もともに育っていく。赤ん坊をお風呂に入れたり散歩に連れて行ったり、抱っこしたり、そういう身体を介したコミュニケーションが極めて重要だ。赤ん坊は近くに誰もいないと泣いてしまうので、ただそばにいるということ、視線を注ぐということがとても大事であったりする。

 今私は壮大な一つのプロジェクトに携わっている。それは子を育て上げ子が独立してからは子と良好な関係を築くという壮大なプロジェクトだ。様々な情報を収集しながら最適解を導いていく、日々学びのある壮大なプロジェクトだ。それはケアというプロジェクトでもある。身体を介したコミュニケーションが極めて重要なプロジェクトだ。これは一つの仕事のように複雑で困難でやりがいのあるプロジェクトである。

涌井美和子『職場のいじめとパワハラ防止のヒント』(経営書院)

 

  パワハラ対策の総合的な実践書。昨今のパワハラ防止法制の解説に始まり、そもそもどういう行為がパワハラになるか、パワハラの定義を解説。パワハラを生み出している社会的条件や組織の条件について説明し、ケーススタディ。ある仮定の会社でパワハラ問題が起こった時の人事部長の奮闘を具体的に書いている。パワハラの相談を受けたときどうするか、被害者の対応で注意すべきこと、被害者から話を聞く時の留意点、心の病気のサインについて、ダメージからの回復、行為者の特徴と行為者への対応、判断が困難なケース、職場での研修、被害者の話が疑わしい場合、などについて実践的なヒント満載である。被害者の復職支援、そもそもパワハラを起こさせないよう予防する際のポイントについても書いてある。

 本書は企業などの管理職の方々にぜひとも読んでほしい一冊である。こういうマニュアルを読んでおかないと実際にパワハラが起こったときに迅速に適切な対応をとることができないだろう。実際に私もパワハラを受けたことがあるが、問題だらけの対応をとられて非常に不満が残り組織不信の原因ともなった。当時の管理職が本書のような本できちんと勉強していればそのような禍根を残すことはなかっただろう。被害者のあるトラブルはすごく難しいのである。ぜひとも多くの方々に読んでもらいたい。

村上靖彦『ケアとは何か』(中公新書)

 

  ケアについて現象学的観点から語っている。ケアとは、一人で存在することができない仲間を助ける行為であり、弱さを他の人が支える行為である。ケアには二種類あり、「変化の触媒」としてのケアは切断された人間関係の修復、逆境からの脱却、行為可能性の拡張をサポートし、「連続性の触媒」としてのケアは生活と人間関係の連続性を維持する。

 ケアするためには心と体が交じり合って一体となった<からだ>とのつながりを維持することが大事であり、そのために、まなざしや声掛け、身体的接触などを用いる。また、ケアにおいては当事者の願いをかなえることが大事である。当事者の声を聞き取り、当事者の日常的な些細な願いをかなえていく。当事者の居場所を確保することが大事である。

 本書はケアというものについて現象学的に記述したものであり、なかなか読みごたえのある含蓄の深いものであった。ケアとは普段の人間関係と何ら異なるものではないのであり、ただそれが相手が弱っているときになされるという特殊性があるくらいだ。病者などを変に特別扱いするのではなく、日常的な生活や人間関係へと回復していくということ。ケアとはそういう営みだ。

枝廣淳子『好循環のまちづくり!』

 

  著者の前著『地元経済を創りなおす』を受けた実践編。まちづくりには三段階がある。ホップとしては、バックキャスティングで未来の望ましい街の姿を描くこと。現状に基づいて何ができるかというフォーキャスティングではなく、いきなり理想像を設定し、そこへ向かう方法を考えるバックキャスティングでないと理想には近づけない。

 ステップとしては現状の構造を理解し望ましい好循環を描くこと。「人口が増える」「町が活性化する」など様々な事象は相互に相関関係にあり、その相関関係の構造を良い方向に循環させるのが正しい街づくりである。現在の街のあり方がどのような構造にあるかを理解したうえで、その構造を好循環させるのである。

 ジャンプとしては、悪循環を断ち好循環を強めるプロジェクトを立案すること。本質的で効果的な施策を生み出さなければこれまでの検討の結果はむなしくなる。そのために、行政任せにせず、町の人たち自ら立ち上がり、適切な指標で効果を図りながら街づくりを行っていく必要がある。

 本書は、確固たる理論的基礎に基づいて具体的な街づくりの方策を提言している。実際に著者はこの方法に基づいて街づくりを成功させている。ここで改めて気づかされるのは理論の重要性である。著者はバックキャスティングやシステム思考、レジリエンスなどといった理論を熟知しているがゆえにこのような実践的な考えを導き出すことができた。理論と実践はやはり不即不離であり、理論なき実践がいかに困難であるかがわかる。