社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

岡田一郎『革新自治体』(中公新書)

 

  革新自治体についてよくまとまった入門書。1960年代から70年代に、左派の首長が全国各地で誕生した。特に、高度経済成長に伴うひずみである、公害の発生や社会資本の未整備、社会福祉の立ち遅れなどに主に大都市が直面し、それらへの対策に取り組んだ左派の政党に支持が集まったのである。これは、中道政党が革新寄りになったから可能になった。1979年以降革新陣営は後退していくが、これは中道政党をひきつけるのに失敗したからである。

 本書は社会党史の専門家が書いた革新政党のあらましであり、社会党革新政党との関連について多く記述されている。だが、全体的にバランスよく重厚に論じられており、高度成長期の日本の課題は何だったのか、そして真の課題に取り組む政党こそが支持されるという民主主義の基本を再確認させられる。確かに革新政党の時代、民主主義や政党はそれなりに機能していたのではないだろうか。そのあたりの問題系にも思いをはせることができる。

魔のポスト

 あなたの組織にも存在しないだろうか、「魔のポスト」が。そのポストには質的に高度で量的にも大量な仕事が要求され、そのポストに就いた人はたいてい心身の健康を害するかその前に辞めていくかいずれかである、そういうポストがないだろうか。

 私はそういう魔のポストを渡り歩いてきたと言ってもいい。まず一箇所目では、私も採用二年目だったこともあり、またそのポストのひどさも際立っており、私は心を病んで休職してしまった。私には「仕事ができない」というレッテルが貼られた。私の後任を係長レベルの人が継いだが、その人も散々怒られ搾り上げられ、挙句の果てに左遷された。

 二箇所目も高度な質と量が求められるポストだったが、いろいろ理不尽な目にあいつつ、「あいつは駄目だ」とか言われつつ、何とか三年勤めあげて異動した。ところが私の後任は心の健康を害し一年で辞めてしまったし、その後任も疲労困憊して一年で辞めた。その次の年になって、そのポストはようやく二人体制になり問題はなくなった。

 三箇所目はもともと嘱託員と二人体制でやるポストのはずが、人員不足により嘱託員がやるような単純作業もやらざるを得ないポストで、そこでも私はずいぶん悪口を言われた。

 こういう「魔のポスト」は、そこに配属されてしまえば散々苦労しても報われないという理不尽なポストである。場合によっては心身の健康を害したり仕事をやめざるをえなかったりといった人生を狂わせられる可能性のあるポストである。だが、問題は単純に一人で賄いきれない質量の業務を一人でやっているという構造的なものにすぎない。それは当然どこかで破綻するわけだが、破綻の責任はそのポストにいる人に着せられ、そのポストの構造的な問題へ皆の注意は向かない。事務分掌に問題があるのに、その問題が個人の資質の問題にすり替えられ、「あいつはできない」「あいつは駄目だ」などのレッテル貼りがなされる。

 組織にいると声を上げることが難しい。質量とも無理なポストに配属されても、声を上げれば一層自分が悪いことにされる。だが、そこは敢えてひるまずに声を上げてほしいのだ。特に、こういう「魔のポスト」に配属されてしまったときには、自分が限界を迎える前に必ず助けを求めてほしい。上層部には賢明な方々がいるはずだから、きっとあなたの大変さを理解してくれるし、事務分掌も改善され負担が減るだろう。上層部は現場のことをあなたが思うほどはわかっていないのだから、あなた自身が声を上げて実態を訴えないことには大変さがわからないのだ。私が経験した二か所目のポストのように、人員増で全く問題がなくなることだって十分にあるのだ。何も大変な思いをして周りからもひどく言われ、それに耐えている必要はない。できないならできないとはっきり言うこと。無理して頑張らないこと。さもないとあなたの人生は簡単に狂わされてしまう。構造的な問題には構造的に対処しないと解決は不可能なのだ。あなた個人の「頑張り」でどうこうできるものではないのである。

木下武男『労働組合とは何か』(岩波新書)

 

  労働組合の歴史と労働組合への分析について手堅くまとめた良書。労働組合発祥の地ヨーロッパでは、中世的な親方制の労働組合から産業別労働組合と変遷し、労働組合は企業に対抗する力を持っている。一方日本では、産業別労働組合が育たず、企業内労働組合が発達した。企業内労働組合では、経営者に対抗する力を持たず、会社に反目する人間は不利益な取り扱いを受けるなどについて有効な対処法を持たない。それ故日本では会社が従業員の面倒を見るという会社主義が蔓延した。

 だが、今や日本には非正規労働者が多く存在し、彼らは労働組合を組織せず一方的に搾取されている。非正規労働者の企業を超えた労働組合の誕生が待たれる。また、企業を超えた産業別労働組合を実現した業種もあり、例えば生コン業界がそうである。生コン業界では労働組合の力により、休暇を多くとれ賃金も高い。このように日本でも企業を超えた大きな労働組合の誕生が待たれる。

 確かに現代の日本では労働者に元気がない。労働者が疲弊しているということもあるが、労働者たちが互いに団結して何とか自分たちの待遇をよくしようという機運が感じられないのだ。日本は国際的にも低賃金、職場ではいまだにハラスメントや長時間残業が蔓延している。どう考えても労働組合が発達してもよさそうな土壌はできている。ここで企業を超えた労働組合誕生への飛躍を待ちたい。

東野純彦『知っておくべき産後の妻のこと』(幻冬舎)

 

  妻が出産したため手に取った。産後の妻のうち約7割が夫を愛していないという調査結果が出ている。このように産後の夫婦仲が急激に悪化することを「産後クライシス」という。出産により女性はエストロゲンが急激に低下し、産後三日以内にマタニティブルーズという気分障害を起こすことがある。産後二週間たっても症状がおさまらない場合は産後鬱である。このような時期に夫が妻に寄り添えないと産後クライシスが起こってしまう。

 産後妻の体内にはオキシトシンが大量に分泌され、これは赤ちゃんへの愛情の基礎となるが、同時に赤ちゃんを脅かす者への攻撃をも生み出す。だから、産後の妻への接し方には注意が必要で、ひたすら共感すること、家事を進んで手伝うこと、コミュニケーションを密にとることが大事である。

 本書は産後の妻の取扱説明書であり、極めて実践的な知識が書いてある。もちろん理論に裏付けられているわけであるが、産後クライシスを避けて、また夫の方もパタニティブルーを避けるため、自己受容・他者信頼・他者貢献、そして密な共感的コミュニケーションをとる必要がある。この時期に読んでよかった。とても勉強になった。

 

橋本卓典『未来の金融』(講談社現代新書)

 

  著者はこの「捨てられる銀行」シリーズの第一巻で、金融庁が地銀に対して、形式的な尺度で融資を決めるのではなくその企業の将来性や地域密着性などを総合的に考慮して融資すべきとの指針を出したことを論じている。第二巻では、金融庁の出した指針として、地銀の手数料獲得のための金融商品販売を批判し、より顧客の利益重視の金融商品を売るようにしたことについて論じている。

 第三巻である本書では、それらの指針の背後にある哲学について論じている。過去のことや現在のことは計測しやすい。そして営業利益なども計測しやすい。だが、金融庁が重視し始めたのはそのような容易に計測できるものではなく、例えば銀行職員がどれだけワークライフバランスを実現させプライベートを重視できているかとか、その融資によってこれからその地域がどれだけ活性化されていくかとか、その金融商品によってどれだけ顧客満足度が増すかとか、そのような今までほとんど計測されてこなかったか、あるいは未来のことなので計測が困難であるか、そういう「計測できない世界」なのである。

 本書はこのシリーズの第一巻と第二巻を敷衍したものであるが、金融庁の指針の背後にある哲学をえぐりだしているのが素晴らしい。この「計測できない世界」への志向は、金融庁だけでなく今や時代のトレンドであり、その「計測できない世界」を計測しようとする技術がどんどん開発されている。これまで注目されてこなかったもの、そして未来に生じるもの、そういうものを計測することが国民の利益を増大するにあたって必須となっている。