社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

アンデシュ・ハンセン『運動脳』(サンマーク出版)

 

 運動することで脳が活性化することを数々の実験に基づいて立証している。速めのウォーキングやラニングを継続的に行うだけで、人間の脳は活性化する。運動は脳をストレスから守り、脳の集中力を高め、うつの回復に役立ち、モチベーションを湧かせ、脳の記憶力や創造力を高める。それぞれについて科学的な根拠を示し、説得的に運動の効果を説いている。

 今や健康ブームならず運動ブームが到来していると私は思っている。実際私も、近場へ買い物に行くときはなるべく歩いていく、歩いて無理でも自転車で行けるなら自転車で行く、などしてなるべく車を使わないようにしている。それは燃料費の節約でもあるしCO2の削減でもあるけれど、何よりも運動することが大事だからだ。そして、運動の効果はこのように科学的に立証されている。運動した後に訪れる爽快感、ハイな感じ、そういうものが快いというのもあるが、それ以上に運動は脳細胞を作り出し脳を活性化するのである。必読であろう。

東畑開人『聞く技術 聞いてもらう技術』(ちくま新書)

 

 心理療法士の観点からの現代社会への処方箋。現代では、「聞くの不全」が起こっている。社会全体が余裕を失っており、困窮している人たちが声を上げているが一向にそれがきちんと聞かれていない。対話の前提としての「相手の話を聞く」ということができていなくて、それが様々な社会的な分断などを生んでいる。人の話を聞く心の余裕を持つためには、まず自分が他人に話を聞いてもらわないといけない。自分が話を聞いてもらうことによりようやく他人の話を聞く余裕が生まれる。そうして話を聞く循環が生まれることで、社会全体の対話が回復される。

 話し上手は聞き上手というように、聞くことの大事さは人間関係の文脈でもよく言われる。だが、それを社会的な次元で言われると改めてなるほどと思わされる。現代社会ではたくさん困窮している人がいる。その人たちの声を身近な人が聞くということがどれだけ大切であるか改めて思い知った。聞くことによる社会関係資本の形成というのは極めて重要だ。人の話はとりあえず聞く。そのための余裕を持つために、人にも話を聞いてもらう。それが互恵関係となって、社会がよりよくなっていく。

超勤縮減

 今や人口に膾炙したワークライフバランスという言葉。これは、仕事だけの人生を送るのではなく、仕事以外の生活も充実させる趣旨の施策である。結局、仕事の効率を上げるためには職員が健康で活力にあふれているのが一番である。残業は職員の健康や活力を奪うことによって仕事の効率を下げるのである。ワークライフバランスが実現することで、仕事は効率化し早く終わり残業が減り、そのことで一層ワークライフバランスが実現する。この好循環を回すために考えられているのが超勤縮減だ。

 ワークライフバランスにより、職員は趣味を充実させ、友人や恋人・家族と過ごす時間を増やし、より多彩な人生経験を積むことができる。結婚の機会は増え少子化対策として有効だし、教養をはぐくむ時間など自己研鑽の時間もとれる。職員の人生をより豊かにして、職員の創造性の向上やスキルアップを図るのがワークライフバランスだ。

 超勤を縮減するためには、まず実態把握が不可欠である。現代日本にはまだサービス残業が多く存在する。超勤縮減を進めようとした場合、実態を把握しないままだと、表側の超勤の時間を減らし裏側のサービス残業を増やすという数字の操作だけで終わってしまう可能性が高いのである。実際の超勤時間を減らさなければ超勤縮減の趣旨であるワークライフバランスが実現されなくて、何のための改革をやっているかわからなくなる。まずはサービス残業も含めて実際の超勤時間を把握する必要がある。

 そうしてようやく次の段階に入る。職員間に業務負担の偏りはないかどうか。特定の職員に過重な負担がかかっていないか。無駄な仕事をやっていないか。非効率的な仕事をやっていないか。必要以上に高い質の仕事を要求していないか。

 仕事の職員間における平準化により、一人一人の超勤時間を減らすことができる。また、慣習的にやっていたけれど不要な仕事というものも割と存在するので、そういうものは切り捨てる勇気が必要だ。また、仕事のやり方が非効率的な場合もあるし、そもそも職員がやるより専門家に任せた方が早いし安く済む場合もある。そういう場合は業務の見直しや外注を検討すべきだ。また、今のご時世世の中は少しずつルーズになっているので、サービスとしての質をある程度落としても相手方の了解が得られる場面は多いはずだ。

 そのように改革のメスを入れることで超勤縮減は必ず実現する。超勤縮減をすることにより職員は心身とも健康で活力にあふれ、よりよい仕事を達成してくれるだろう。

エマニュエル・トッド『第三次世界大戦はもう始まっている』(文春新書)

 

 ウクライナ戦争の分析を通じて見えてくる現代の世界地図。そもそもロシアは父権性の強い社会であり、権威主義体制になじむが、ウクライナは父権性が弱く、権威主義にはなじまない異質な国家であった。ウクライナNATOの事実上の加盟国であり、ウクライナ武装化英米は多大な援助をしている。アメリカとしては世界で戦争を独占していたために、今回ロシアが戦争を起こしたことで地位が脅かされたと思っている。アメリカは非平等で自由な国家であり、「リベラル寡頭制」とでもいうべき体制である。それに対してロシアは順調な民主主義的成長をしており、「権威的民主主義」とでもいうべき体制である。今回の戦争は「リベラル寡頭制陣営」VS「権威的民主主義陣営」とでもいうべきである。

 家族人類学者であり現代最高の知性とも呼ばれるエマニュエル・トッドによるウクライナ戦争の分析である。日本ではロシアが悪者であるかのように毎日報道されているが、戦争の原因はむしろ英米にあったとするものである。これはそのような世界を巻き込んだパワーゲームであり、「世界大戦」の名に値する。ウクライナ戦争については新聞やテレビの報道くらいしか知らなかったが、こうして一冊の本を読んでみると多角的に理解することができて有益であった。

梅田孝太『ショーペンハウアー』(講談社現代新書)

 

 ショーペンハウアーのコンパクトな入門書。世界には二つの側面がある。表象としての世界と意志としての世界だ。人間存在の重要な要素として「生きようとする意志」があり、それによって表象は様々な影響を受ける。あらゆる表象は意志と連動しており、あらゆる存在のルーツである根源的な力が意志なのである。世界は表象としての世界であると同時に意志としての世界でもある。だが意志は生きる苦しみを生み出す。苦しみから脱するにはどうしたらいいか。芸術は意志そのものを描き出し、それを鑑賞する者の意志を鎮静化させる。また、他人の苦しみに共感する「共苦」もまた意志を否定してくれる。

 人生は悲惨で苦痛に満ちているというシビアな現実認識から始まって、カント哲学を主に参照しながら独自の哲学を築き上げたショーペンハウアー。苦しみも含めて人生だと思ってしまえば楽だが、そう思えない人々には多少気持ちを静めてくれる思想ではないだろうか。確かに現実は悲惨だが、それを乗り越えることに楽しみがある。それは意志を肯定する思想であるが、それで案外人生はうまくいく。ショーペンハウアーの思想にすがらねばならないほど絶望した時、もう一度振り返りたい思想だ。