社会科学読書ブログ

社会科学関係の書籍を紹介

危害原則の反映

 危害原則とは、他人に迷惑をかけなければ何をやっても自由だ、という原則である。この原則が法律の規定の中に様々な形をとって現われる。(1)事実行為として他人の利益を侵害すれば、サンクションが与えられる。(2)法律行為・訴訟行為として他人の利益を侵害するべき場合には、その行為の効力が否定される。(3)逆に、他人に利益を与えるような行為は原則自由である。

 たとえば、刑法は事実行為としての利益侵害を刑罰という制裁で予防している。だが、危害原則が働いているのは刑法の領域だけではない。

 民事訴訟法40条は、必要的共同訴訟における一人の訴訟行為は全員の利益においてのみその効力を生ずる、と規定する。必要的共同訴訟では、訴訟の結果が合一的に確定されるため、一人の行為が絶対効を有するとすると、それが他人の不利益になるべきものならば、他人は訴訟の結果において不利益をこうむることになる。たとえば、共同訴訟人のうち一人が自白をした場合、その自白の効力は認められない。必要的共同訴訟では訴訟資料が統一されるため、一人の自白の効力を認めると、全員が自白したのと同じことになってしまう。これでは、他の共同訴訟人の防御上の利益を害する。ひとりの訴訟行為が、利益を共同とする他人の利益を害すべき場合、その訴訟行為の効力は否定される。これも危害原則の現れではないだろうか。

 また、保証関係において、保証人の主債務の消滅時効の援用は主債務者にとっても利益となるから許されるが、保証人の主債務の承認や一部履行は無効であり、時効中断という主債務者にとっての不利益を導かない。逆に、主債務者が時効の利益を放棄しても、それは相対的効力を有するにとどまり、保証人の時効援用を妨げない。主債務者の時効の利益放棄は、保証人の不利益になるから、その絶対的効力を否定するのである。保証関係においても、危害原則の現れが見て取れる。