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大学院へ行くべきか問題

 

 水月昭道高学歴ワーキングプア』(光文社新書)を読んだ。大学院重点化の旗印のもと大学院が多数設置され定員も増やされたが、少子化のあおりを受けてそこで博士号を取った人たちの研究者としての就職は絶望的である。博士号をとっても常勤の研究職に就くのは夢のようなもの、たいてい非常勤講師やアルバイトでワーキングプアの地位に甘んじているのが現状。高度な教育を受けた人たちの受け皿が日本に用意されていないことを鋭く突いた本である。

 実は私も一時期は研究職を目指していた。大学での専攻は科学哲学だった。大学院入試を受ける際、指導教員に言われたのは「大学院に行くのは決してお勧めできない」ということだった。要は職がないのである。特に私の専門分野である哲学なんて上が詰まっていて容易に常勤の職には就けない。それで私は哲学の大学院に行くのをあきらめた。

 その後当時の国家一種試験の勉強を始め、上位合格したのだが、勉強をあきらめきれず法科大学院に入学した。指導教官には司法試験に受かれば研究者の道も開かれると言われた。だが司法試験と相性が悪く、結局私は法学者の道もあきらめることになる。

 そうこうしているうちに30代になってしまい、私はあわてて普通に就職した。年収は500万を超えているし、その後無事結婚もし、幸福な家庭生活を送っている。

 それで、結局大学院に行くのは正しい選択なのだろうか。まず、膨大なお金がかかる。私は今でも奨学金を返済している。そして、長くいすぎると婚期を逃すし、安定した職も期待できない。家庭的な幸福を犠牲にせざるを得ない。だが、勉強が好きな人にとっては大学院はまさに天国のような場所である。何しろ勉強し放題なのだから。私は勉強が大好きだったから大学院は楽しかった。

 上掲書にもあるように、院卒の人間は高度な専門的知識を有するのだから、普通の人と専門的な領域との橋渡し的な役割を担えばいいのだと思う。たとえば私は仕事で商標権を取得する必要があったが、知的財産法の知識があったため事業を成功裏に導くことができた。また、知り合いが警察のお世話になったときは、法律の相談に乗ってあげることで知り合いの心の負担をやわらげた。このように、私の法律の知識は無駄になっていない。人生の折々で人様の役に立てるのが専門的知識を有する者のメリットである。たとえ常勤の研究職に就けなくとも、そのような橋渡し的なところで力を発揮するのがいいのではないか。