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霜山徳爾『人間の限界』(岩波新書)

 

 碩学による人間に関する滋味あふれるエッセイ。人間とはどういう存在であるかについて、味わう、遊ぶ、賭ける、まなざし、手、足、めまいなど多角的な切り口から迫っていく。今となっては特に新しい知見はないのであるが、主に古典からの引用を巧みに使って様々な声で語ろうとしている。そして、連想に基づく飛躍も多く、この引用と連想によって生み出される語りの空間がとても幻惑的である。転々と飛躍しながら飄々と異なった声で語る。この変転する語りの空間がとても心地よいのだ。エッセイの妙味と言えるだろう。

 この本を読んで何か新しい知見を得たという感触はない。それでも本書は一つの作品なのであり、読みながらその読書体験を楽しむものなのだと思う。本書はエッセイとしてはかなり良くできた本であり、博覧強記の著者でないと書けないものである。また連想に寄る語りの導きも巧みであり、エッセイ冥利に尽きる、といった具合だろうか。