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森茂起『トラウマの発見』(講談社選書メチエ)

 

トラウマの発見 (講談社選書メチエ)

トラウマの発見 (講談社選書メチエ)

 

  トラウマというものが、人間の心的外傷として、どのように発見され、研究され、あるいは忌避されたかについて、その歴史をつづった本。トラウマは科学技術の発展と共に大規模かつ重大にもたらされた。それは鉄道事故によるトラウマに始まり、戦争によるトラウマ、ホロコーストによるトラウマなど、科学技術のもたらした膨大な殺傷力によって19世紀以降顕著に生み出されたのだ。一方、幼児虐待やレイプのような犯罪行為によるトラウマもまた、19世紀以降、ジャネ、フロイトフェレンツィらによって研究された。

 フロイトのトラウマ理論は基本的に内的な性欲動をもとに説明するものであったが、トラウマは外部から性とは関係なく訪れる衝撃であり、それがPTSDとしてDSM-Ⅲに登場したのはようやく1980年のことである。ベトナム戦争帰還兵の病歴、天災・人災後の臨床症状、ストレス研究などが統合されていくことで、現代のトラウマの概念が成立した。

 トラウマは単なる断片的・固定的・反復的な心の傷であるだけではなく、そこには加害・被害という構図が常に伴う。個人の内面的な問題であるだけではなく、それは加害者と被害者の関係性の問題であり、社会的な問題である。その意味でトラウマが隠ぺいされることはよくある。また、個人のトラウマだけではなく、社会のトラウマ・歴史のトラウマについて考えることもできる。第二次大戦は歴史のトラウマを生み出し、戦後そのトラウマが高度成長下で社会的に黙殺され、現在の平和で満たされた時代になって社会の抑うつ状態を引き起こしているかのようにも思われる。

 本書は、単なるトラウマの臨床例の列挙を超えてそれらを歴史的に系統立て、トラウマがいかに生み出され、また同時にいかに抑圧されたかを説得的に論じている。注目すべきは、「トラウマの予防」という観点を設定していることである。トラウマは誰にでも宿りうる。感染症を予防するのと同様に、トラウマの原因を防ぐのが効果的である。虐待をなくす、科学技術の安全性を高める。本書は過去のトラウマ研究に関するものであるが、未来に向けられた提言もなしている。