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『〈レンタルなんもしない人〉というサービスをはじめます。』(河出書房新社)

 

  「レンタルなんもしない人」とは、「ただ一人分の存在を差し出す」というサービスを無償で行っている人のことだ。一人で入りにくい店があるとき、誰か一人の存在があると、その一人の存在を触媒として行動ができる。人一人の存在にはそのような力があり、たとえその一人が簡単な受け答えしかしない「なんもしない人」であっても人を前に押し出したりする力がある。彼がこのサービスを始めたきっかけには、存在するだけで給料がもらえるという「存在給」の発想や、何もしないのに存在するだけで素晴らしい赤ちゃんの存在があった。

 彼は個性的であろうとしない。ポジティブに自らを規定するのではなく、あれではないこれではないと消去法で自らを規定しようとする。また彼は人との距離を縮めない。他人と友達の中間くらいの距離感を保っている。そして、人間関係で発生する負債、ギブアンドテイクから自由であろうとする。また、みずからスペックゼロであることを良しとして有能であろうとしない。

 彼の価値観には、端的に今の若い世代の価値観が濃縮されている。大きな物語が終わった後、大きな物語は個人の次元でも消滅し、絶対的なものは存在せずみな相対化されていくのみだ。若い世代は大きな夢に向かって自らを規定していくことについて冷めた見方をしている。そして、若い世代は面倒な人間関係を嫌う。人と深くかかわることを避け、人付き合いにクールである。そして若い世代は存在するだけで肯定されようとし、何かしらの実績を積むことに消極的である。

 「レンタルなんもしない人」はポストモダンを体現したような人物であり、今日も彼にはたくさんの依頼がツイッターから訪れる。時代は彼を必要としているのだ。